SHANTiROSE

HOLY MAZE-54






 背後から森の焼ける音がする。動物たちの騒ぐ声も聞こえる。静かに暮らしていた目に見えない精霊たちも、住処を追われて悲しんでいた。
 マルシオは前にも後ろにも進めなかった。
 草木の芽吹かない堅い地面で立ち上がることもできず、両手を付いて項垂れ、肩を揺らしていた。目の前にある乾燥した土の上に落ちる涙は、地面に吸い込まれてすぐに消えていく。体の傷の痛みなど、心のそれに比べれば大したことはなかった。
 この寂しさを消してくれるなら、いっそもっと傷をつけてくれても構わない。
 憎しみと殺意が押し寄せる音がすべて騒音にしか聞こえず、もう全部消えてしまえばいいと強く目を閉じる。
 騒音の中で、誰かが地面を踏んだ。
 マルシオははっと目を開いた。
 確かに人の足音だった。
 ティシラが考え直して戻ってきた……そうとしか考えられず、そうに違いないと信じて顔を上げる。
 マルシオは自分の目に映ったものをすぐには信じられなかった。
 いくら待っても、いくら呼んでも応えてくれなかった、黒髪に黒いマントを羽織った長身の男がそこに居たからだった。
 深く遠い空の色をした瞳を持つ、魔法王クライセン・ウェンドーラ。
 居るのか居ないのかよく分からなかった彼が、ティシラを抱きかかえて地に足をつけている。
 クライセンは周囲を見回し、腕の中で気を失っているティシラに目線を落とした。次に血と涙に塗れて茫然としているマルシオを見つめる。
 目を見開いてじっと自分を見つめているマルシオに、クライセンは怪訝な表情を浮かべた。
「……何をやっているんだ?」
 マルシオは腹の底からこみ上げてくる嗚咽を堪えきれなくなり、大きく体を揺らした。
 震える足に力を入れて、倒れ込むようにクライセンに駆け寄る。
「クライセン……お前、本物なのか!」
 クライセンはマルシオに体重をかけられて少々ふらつく。
「本物だよ」
「本当か? 本当にクライセンなんだな」
 マルシオはティシラを挟んで彼にしがみつき、泣きじゃくった。
「よかった……よかった……」
 そう何度も繰り返すマルシオに、クライセンは小さく微笑んだ。
 しかし再会を喜んでばかりはいられない。森の炎は広がるばかりで、人々の憎悪もどんどん増していく。
 クライセンはマルシオの肩を押し、何も言わずにティシラを彼に押し付けた。
「それで、一体何事だ、これは」
 クライセンは不機嫌そうに遠くに目線を投げた。マルシオなら、これが彼の普通だと分かっている。
「それは……」マルシオは何から話せばいいのか分からず、口ごもった。「いや、それより、ティシラが……」
「ティシラがどうした」
「どうした、って、見れば分かるだろ。こんなに怪我してるし……それに、人間に酷い目に合わされたんだよ」
「このくらいの怪我ならすぐに治る。それより、状況を説明して欲しいんだけど」
 マルシオの涙は止まっていた。彼の性格は知っているものの、まさかこれほど感動しないものだとは想像していなかったからだ。
 だがクライセンの言うとおり、この状況の中で佇んでいるわけにはいかない。先ほどまではもう手の打ちようがないと思っていたが、今は違う。クライセンがいる。
「えっと、人間がティシラを魔女だって言って……いや、その前に、悪い魔法使いがこの森に迷い込んでた魔族を捕まえて、ティオ・シールの国王が無罪の人を投獄して、トールがラストルをシールに……」
 マルシオは思いついた順番に言葉に出すが、自分でもまとまっていないことが分かって混乱し始めた。クライセンはそんな彼を冷ややかな目で見下ろしていた。
「もういい」クライセンは片手を彼に向け。「少し黙っててくれ」
 手の平をマルシオの頭に乗せて目を閉じる。彼の記憶を覗き見しているのだった。
 マルシオはそのあいだ、ロアにも同じことをされたことを思い出していた。
 しばらくしてクライセンは目を開け、離した手を今度は自分の顔に当てて眉を寄せた。
 どうやら、クライセンは状況を把握したようだった。だったらこの反応も当然だと思う。
「……どうしてここまで拗らせる必要があったんだ」
「だって……」マルシオは申し訳なさそうに俯く。「だったら、どうすればよかったんだよ。ティシラもトールも、人質を取られたような状態だったし、悪い奴も弱味に付け込んで大衆を煽って、どうしようもなかったんだよ」
 呆れながらも、マルシオの言うことも理解できるクライセンは肩を落として小さく息を吐いた。
「だから、私にどうにかしろと?」
 マルシオはつい頷きそうになったが、すぐに言葉を飲み込んだ。
 クライセンは今まで、何十年と修羅界に閉じ込められていた。やっと出てこられたというのに、ここまで混乱している世界を救って欲しいなんて言っていいものか、心苦しさがこみ上げた。
 きっとサンディルが何らかの手段でクライセンを連れ戻したのだと思う。それも、彼の力が必要だから。だけど、それだけではない。
 怪我をして気を失っているティシラを見つめた。
 ティシラもずっと一人で苦しんでいた。口や態度では強がっていたが、普段もいつも通りにしているようで、どこかでクライセンのことを思い続けていたに違いない。
 サンディルだって、クライセンを利用しようだなんて微塵も思っていない。大事な家族だから何としてでも助けたい一心だった。それはマルシオも同じだし、彼を知る他のみんなもそうだった。
 マルシオは苦笑いを浮かべる。
「……そうだよな。お前だって、ずっと苦しい思いしてたんだよな」
 現状がこうなったのも、全部悪い人間とそれに関わった者たちが起こしたこと。クライセンには関係ない。
「やっと戻れて、やっと休めるってところに……世界を救ってくれなんて言われても気分悪いよな」
 マルシオは気持ちを吹っ切ろうとする。考えれば考えるほど、ここまで拗れた事件を解決して、恐怖に包まれた大勢の人間を救うには多大な時間と労力を費やすのだと思う。それを今帰ってきたクライセンに押し付けるのは検討違いだ。
「ティシラも言ってたけど、どうでもいいのかもな」マルシオは乾いた笑いを零す。「俺たちは俺たちで勝手にやっていいのかもな。お前がいればティシラも元気になるだろうし。こうなったのは人間のせいなんだから、人間がどうにかすればいいんだ。シールの人たちはこの森を焼けば魔女が死んだと思って気が済むだろう。そのあとのことなんか、俺たちには関係ないもんな」
 必死で喋るマルシオは、どう見ても無理しているようにしか見えない。それをクライセンが分からないわけがなかった。
「……帰ろう」マルシオは一人で納得したように頷いた。「まだ燃えてないところからなら逃げられる。ティシラを連れて帰ろう」
 クライセンは再度ため息をつく。
「……どうにしかして欲しいんじゃないの?」
 マルシオはその言葉に淡い期待を抱くが、クライセンに無理をさせたくないのも本音だった。
「いや、いい。いいよ」
 頑なに遠慮するマルシオに、クライセンは苛立ち始める。
「じゃあこの惨状はどうするつもりだ」
「どうにもできないだろ、こんなの」
「私にできないと思っているのか」
 マルシオはえっと短い声を上げる。
「できるのか?」
「もういいから……どうにかしろと言ってくれないか」
 頭を抱えるクライセンに、マルシオは戸惑った。どうも彼は何とかしてくれと言って欲しがっているようにしか見えない。言えば嫌がるだろうと思っていた。しかしクライセンは逆に「何もしなくていい」と言われるほうが慣れていないのだった。
「……これ、お前なら、どうにかできるのか?」
「できると言ったら?」
「できるなら……もちろん、して欲しいよ」
「じゃあ早くそう言ってくれ」
 マルシオは息を飲む。やはり彼は言って欲しいのだ。しかしもうお互いの言いたいことは伝わっているはずなのに、いちいち言葉にしなければいけないのかとマルシオは不満を抱いた。
 言うのは簡単だった。むしろ、早く言ってしまいたい。言わなければ、世界が壊れる。
「……クライセン、頼むよ。みんなを、世界を、助けてくれ」
 クライセンは僅かに笑った。マルシオも素直ではなかったが、彼も負けていない。文句を言われようと、最初から構わずにお願いすればよかったとマルシオは思う。
 彼は本物の魔法使いだ。何でもしてくれるわけではないが、世界を救うことができる。マルシオは絶望の暗闇に光が差し込んだのだと確信した。
「すぐ終わる。マルシオ、ティシラを連れて離れていろ」
 心の準備も整わないうちに、クライセンはマントの中から両手を出して胸の前で指を結んだ。
「離れるって、どのくらい?」
「木の陰に隠れて、できるだけ気配を消しているんだ」
 マルシオはティシラを抱え直して言われたとおりに木々の茂っているほうへ足を出した。
「それから」クライセンは地面に片膝を着き、背を丸め。「何が起きても声を出すな。出てきたものと目を合わせるんじゃない。いいね」
 何が起きるのか、何か出てくるのか、マルシオは戸惑った。とにかく今は彼に従うしかない。急いで亀裂から離れ、草木の影に潜って身を潜めた。
 そっと顔を出してクライセンの様子を見つめた。こうしている間にも憎悪の炎は近づいてきている。耳を澄ますと人々の騒ぎ声も聞こえた。しかし今のマルシオに恐怖はなかった。
 クライセンは体を屈めてじっとしている。呪文を唱えているのだろうと思うが、何かが違うように感じた。まるで、誰かと話しているようだった。
 そのうちに、クライセンに淡い光が灯った。
 不思議だった。普通なら足元に魔法陣が浮かび上がるはずなのに、彼の体を包むように光の粒子が空から寄り集まってきていた。
 最初は優しい光だったものが、突如強く発光した。マルシオは目を顰め、漏れそうになった声をぐっと堪えた。
 魔法陣は、クライセンの背中に浮かび上がっていた。遠くてよく見えないが、書いてある文字が読めない。人間のものでも、天使でも魔族のものでもなかった。
 魔法陣は彼の両肩にも浮かび、三つの魔法陣が三角に繋がった。クライセンのマントは地面から吹きあがる不自然な風で靡いている。その風はマルシオのところまで届き、周囲の草木を揺らした。
 魔法陣は赤く光り、焼き付くようにクライセンの体に吸収されていく。
 クライセンの顔が歪んだ。マルシオには離れたところからでも分かった。魔法陣の放つ魔力が、人間の体など潰してしまってもおかしくないほどに重圧だったのだ。
 マルシオには、彼が邪悪なものを呼び寄せて戦っているかのように見えた。クライセンは重みで落ちる頭を何度も持ち上げては、何かと話し続けている。
 一体彼がなにをするつもりなのか理解できないうちに、ふっと風がやんだ。クライセンも指を解き、地面に両手をつく。
 終わったのだろうかと思い、マルシオが顔を上げるが、すぐに慌てて息を止めた。
 クライセンが体を起こすと、彼の周囲に三つの黒い影がどこからともなく現れた。
 影は次第に形を作っていく。人型のように縦に細い形をしているが、手足も顔もない、黒い煙の塊のようだった。
(あれは、一体何者だ……?)
 当然、人間でも天使でもない。ましてや魔族でもなかった。それ以外のもの。クライセンはそれらと、声を出さずに会話をしている。
 あまり凝視しずぎて彼らと目が合ってはまずい。といっても、どこに目があるのかは分からない。それでもきっと、影がこちらを向いてしまったらすぐに分かる気がしていた。目を合わせてはいけない。クライセンに言われたからというだけではなく、感覚で彼らが危険な存在だと感じていた。本来なら、見てはいけないものなのだと思う。
 しばらくすると三つの影は姿を消した。驚くことに、それらはクライセンの体の中に溶け込んでいったのだった。
 クライセンはふっと息を吐き、目を開けた。
 マルシオはなぜか「もう大丈夫」と自然と判断し、ティシラを抱えて草木から駆け出してきた。
「クライセン、何をしたんだ」
 クライセンは重労働したあとのように首や肩を回し、空を仰いだ。
「なあ、今のは何なんだよ」
「死神」
「え?」
「私の体に宿る死神を呼び、契約を結んだ」
「どういうことだ……?」
 死神とは、この世の生命を司り、管理する自然の一部のような存在だった。
 生きているものには認識する必要のないもので、その概念に気づいたものはそれらを「神」に分類し、見ず、触れず、聞かずに命を全うする。
「お前の体にって、どういう意味だよ」
「まあ、昔いろいろあって、そういうことになったんだ」
「は? 何だよ、いろいろって」
「いろいろだよ。それより、先にやることを済ませよう」
 そう言ってクライセンはマントを翻し、再度気を集中させた。
 すると再び影が彼の目の前に現れた。マルシオは慌てて一歩下がったが、先ほどの威圧感はまったくなく、まるで従順な動物のように穏やかだった。
 死神は黒い煙になり、空へ昇っていく。二人が見送っていると、風に流されるように掻き消えていった。
 マルシオは意味が分からず茫然としていると、雲のない空が白く染まり始めた。


 世界中がその現象に目を奪われた。
 最初は、空がなくなったのかと思うほどだった。雲で覆われている空なら何度も目にしてきた。だがそれとは違う「白」が空を覆っている。地面や草木はいつもと変わらないのに、空だけが色を失ったかのような錯覚に陥るほど奇妙な出来事だった。人々は自分の視覚を疑った。じっと空を見ていると目眩を起こして足元がふらつく。そこにあって当たり前のものがなくなったとき、人間は慣れるまで感覚に異常を来してしまうからだ。
 その白はやはり無色なのではなく、白だった。
 吸い込まれるように見つめていると、「白」が動いているのが分かった。瞬きすると空の端が薄い灰色のグラデーションになっており、「白」が立体に見えた。やはり空に何かがあることを理解して緊張が緩む。
 もう、人々は空が「瞬き」をしても驚かなかった。
 白い空に、巨大な瞳が開眼したのだった。最初は右目だった。白い眼球を持つそれは徐々に全貌を現していく。
 右目の隣には左目もあり、眉、鼻、唇もあった。空に浮かぶ人の「顔」は、汚れのない真っ白な美しい姿で地上を見つめていた。
「……天使だ」
 誰かが口遊んだ。
 その肌も髪も銀に輝く白い、美しいそれは、大昔、地上から消えた天使だった。
 巨大な天使の背には白い羽が六枚ある。彼は優しく慈愛に満ちた表情で緩やかに羽を揺らし、両手を広げた。
 天使の大きさは、この世界の地面と海を全部足しても足りないほど壮大だった。シールの人々は当然、メイも、その他の国も、名のない旅人も、海に生きる海賊たちも、この世界に生きるすべての者の目と意識に、天使の姿ははっきりと捉えられていた。
 天使だ、と世界中の人々が認識した。
 人間の争いに心を痛め、憂い、居場所を失って天に還って行った天使たちがいたことは、誰でも知る過去の出来事だった。天使に近い存在だと言われたランドール人を滅ぼしたアンミール人は人間の欲深さを悔いた。天使が残した聖なる魔法を地上から失くしてしまわないように、アンミール人は正しい心とともに後世に引き継ぎ残してきた。
 ――だけど、いつからだろう。
 天使が幻だと思い始めていたのは――。
 天使はこの世界を愛し、抱きしめるかのように体を屈めた。
 あまりの美しさに、涙が零れてくる。
 触れることも、感じることもできないのに、天使が人間を許してくれているようで、心が洗われていく。
「天使は、今も私たちを見守ってくれているんだ」
 そう思うだけで、深層心理にまで巣食う不安や恐怖に打ち勝ち、前に進めるような気がする。
 世界中の人間が各々に自分の欲深さを恥じ、省みていた。


 その様子を、ロアは一人、シールのとある草原から見つめていた。
 彼は天使の存在は認識している。忘れたことなど一度もない。
 会ったことも見たこともないとはいえ、これが「幻影」であることくらいはすぐに分かった。
 問題は、誰がこれほどの「魔法」を行っているかだった。幻で世界中の人の心を操るなんて、並の魔力ではない。
「……魔法王、クライセン」ロアは確信し、微笑んだ。「帰ってきたのですね」


 マルシオもまた、この天使が幻だと簡単に見抜いていた。彼自身も天使なのだから当然だった。
「……なんだよ、これ」
 マルシオの知る限り、こんな天使は知らない。六枚の羽があるということは、天使の中でも一目置かれる大天使のはずだが、彼には作られた人形にしか見えなかった。
「クライセン、これは一体何なんだ」
 天使はゆっくりと浮き上がり、まるで天に帰っていくかのように地上から離れていく。
 クライセンは見事な幻影を、他人事のように見つめていた。
「何って、天使だよ。どう見ても」
「天使だけど、今のは誰だよ。召喚術じゃないのか?」
「私が呼んだのは死神だって、さっき言っただろう。この世の生物のすべてに天使の幻影を見せたのは死神の仕業だよ」
「死神が……?」
「彼の名はフェイス。生死への冒涜を裁く信仰の神。私は彼と交渉し、信仰心を失った人間を許してくれるように頼んだんだ」
 生死を尊び、畏れるからこそ、人間は決められた時間を大事にして正しい心を保とうと努力する。信仰心を失った人間は理性を失い欲に忠実な、邪悪な獣になりやすいのだ。だから死神は信仰心を失った者に憎しみの心を与え、自らの手で大事にしてきたものを破壊する「不幸」を与える。
 そうやって命を管理している死神に、クライセンは「彼らを許して欲しい」と交渉し、死神に今回の混乱を収めてもらうよう頼んだのだった。
「人間を許すって……こんな幻で……?」
 マルシオにはクライセンのしたことも、死神のしたことも理解できなかった。
「こんな幻で十分だよ。天使は今も変わらず人間を見守っている。そう思いたくても人間ってのは忘れる生き物でね、守るものがないと感じると努力をしても無駄だ、欲しいものは自力で奪い取らなければいけないと暴力に走ってしまう者が多い。そうなってしまえば人の話も聞かなくなる。正義がなければ悪はない。美がなければ醜も存在しない。人間ってのは何が正しいのか、誰かが教えないと自分で決められない生き物なんだ。人智を超えた存在が空から見つめていると、こうしてはっきりと自分の目に映れば、疑いようがないだろう。これでいいんだよ」
 マルシオは腑に落ちなかった。こんなものであれだけ増幅していた怒りや憎しみが収まるものなのかと思うが、振り返ってみると、火の手の勢いが落ちていた。森の外で騒いでいた声ももう聞こえない。
 彼らも手をとめて天使に見入ってた。そして、すべてを魔女に押し付けて焼き払おうとしていた自分の姿を恥じていたのだった。
 空は白から青に戻っていった。同じ空に戻っただけなのに、いらないものが一掃されたかのような軽い空気が流れていた。
「よし、次だ」
「え?」
 クライセンは隣にいたマルシオの襟首を掴み、人指し指を自分の唇に当てた。
「おい、次って何だよ」
「死神は三人いただろう?」
 それだけ言うと呪文を唱え始める。すると今度は足元に魔法陣が浮かび上がり、伸びていく線で図形と文字を描いていく。今度はランドールの文字で、マルシオにも読める。彼が学んだ魔法陣の文字とは違うものだったが、これは依送の術と同じものだった。
「どこに行くんだよ」
「ティオ・メイの城に移動する。じっとしていろ」
 クライセンが目を閉じると、三人は未開の森の奥から一瞬にして姿を消した。





   

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