SHANTiROSE

INNOCENT SIN-50






 目を覚まして初めて、ジギルは自分が気を失っていたことを知った。
 いつもの自分の部屋の天井には何も変わりはなかった。だがすぐ傍に人の気配を感じる。まだ暗いままの外は静寂ではなかった。
 ずっと夢を見ていたのではないかと思った、思いたかった。
 体を起こすと激痛が走る。全身が軋み、内臓が締め付けられるような苦痛があった。呼吸が詰まり、咄嗟に胸を押さえるその手すらうまく動かない。口の中が鉄臭く、目眩が起きる。
(ああ、そうだ……確か……)
 ジギルは高等魔法使い二人の激闘を思い出した。それに巻き込まれて、見えない衝撃波に吹き飛ばされた。一瞬の出来事だった。エミーとアンバーの衝突の前に、ジギルはただの石コロのように、無抵抗で壁に叩きつけられたのだった。
「ジギル……!」
 よく知った声に、ジギルは顔を上げた。モーリスだ。血を吐いて気を失っていたジギルを急いでベッドに運んだのは彼だった。
「大丈夫か。いや、大丈夫じゃないな。どこが痛い? 何か欲しいものはあるか?」
 ジギルは自分でもどこをどう怪我したのか分からなかった。大きな外傷がなかったからだった。見て分かるのは背中を強く打ち、口の中を切って血を吐いていたことだけ。だが体の内側が強く押し潰されたような痛みがある。受けた衝撃が物理的なものではなく、魔法のそれだったからだ。魔力の風が体の中を通過し、ジギルの血肉を圧迫した。だから今までに感じたことのない不快な痛みが全身を襲っているのだった。
 これが魔法なのだと、ジギルは体で学習することになった。おそらく、これでもエミーが少しは防御してくれたのだと思う。死なない程度には。彼女がいなければ、自分たちはこうも簡単に握り潰されてしまう存在なのだ。
(俺たちは、今からあれと戦うのか……)
 ジギルは途方に暮れ、ため息を漏らした。
「ジギル?」
 モーリスに心配そうに顔を覗き込まれ、ジギルは我に返った。
「何だよ」
「な、何だよとは何だ」モーリスは拍子抜けしたような顔をし。「心配しているんだ。大丈夫なのか。返事くらいしなさい」
「大丈夫だよ。体中が痛いけど、たぶん、筋肉痛みたいなもんだろ。ところで、あれからどうなったんだ。俺はどれくらい眠ってたんだ」
 ジギルはふらつきながらベッドから降り、窓の外を覗いた。
 そこはもう、彼の知る村ではなかった。
 森は真っ黒な茨の塊となり、その隙間に大量の「鬼」がたむろっている。知性のない野獣ではなく、衣服を身に纏い、互いに言葉を交わしながら武器を手にして歌い踊っている。あれは紛れもなく人間だった。
 ジギルは青ざめた。だが、これは自分が造った世界だ。こうなることは予測できていた。
「あのあと、マーベラスの隊長二人が来た」
 モーリスに背後から言われ、ジギルは目を丸くして振り返った。
「それで、奴らはどうしたんだ?」
「衝突はなかった。彼らは話し合いに来ただけだったのだろう。すぐに帰って行ったよ。それより、どういうことなんだ。エミーはリヴィオラを大地に返還するのが目的だと言った。お前も知っていたのか」
 ジギルは気まずそうに目を逸らす。
「まあ、そりゃ知ってるよ」
「どういう意味なんだ。私たちアンミール人に自由を与えてもらうのが目的ではなかったのか?」
「そんなもん、暴力で与えてもらうもんじゃないだろ」
「そうだが……反乱というのはそういうものではないのか?」
「反乱じゃねえよ。革命だよ。言っただろ。人間のルールそのものを変えるって」
「……分からない。リヴィオラを大地に還して、何が変わる?」
「リセットされる。リヴィオラを太古の状態に戻すことで、この世の生物のすべて、本来あるべき姿に戻るんだ。何もランドール人を滅ぼすとか、アンミール人が支配するとか、そういう邪悪な思想じゃない。魔法に長けたランドール人は今まで通り魔法使いとして繁栄すればいい。アンミール人は魔力の恩恵を受けながら、どっちが上とか下とか関係なく、自由に生きていくんだ。それが俺たちの理想だよ」
 モーリスはすぐに飲み込めず、脱力したように近くにあった椅子に腰かけた。項垂れ、深い息を吐く。
「……そんなことが、可能なのか?」
「さあな。まだエミーは手の内を全部見せてない。ランドール人と戦える武器は揃った。だが、リヴィオラを大地に還すっていうのがどういうことなのかは、俺にも分からない」
「教えてくれないのか?」
「いいや、聞いてないんだ……」
「聞いていない? なぜだ。重要なことだろう?」
 ジギルは答えられなかった。きっとエミーに聞いてもはぐらかされる気がしていたからだ。いいや、それは言い訳だと思う。怖いのだ。彼女が言わないということは、理由がある。聞いたらきっと後悔する。だがいずれそのときは来る。今のうちに聞いておいたほうがダメージが少ないかもしれない。それでも、もう取り返しがつかないのなら知らないでおいたほうがいい――ジギルは自分を卑怯だと思った。
 もうこのことは考えたくなかったジギルはベッドに腰かける。すると再び痛みに襲われて顔を歪めた。その様子に気づいたモーリスは急いで腰を上げた。
 そのとき、ドアがノックされた。誰か分かっているモーリスは慌ただしくドアに向かって戸を開けた。するとトレイに水とフルーツを乗せたイジューが入ってきた。イジューは起きているジギルを見て、ぱっと笑顔になった。
「イジュー、ジギルは大丈夫だそうだ」モーリスはトレイを受け取り。「ジギル、彼女がお前を心配していたぞ」
 ベッドの傍のテーブルにトレイを置かれると、ジギルは水を口に運んだ。傷ついた口の中に水は沁み、つい吐き出しそうになる。
 するとイジューが駆け寄り、泣きそうな顔を近づけた。
「何だよ、なんでお前がいるんだよ」
 ジギルが片手で払うと、イジューは一歩後ずさった。
「ジギル、そんな言い方をするんじゃない」モーリスはイジューを庇い。「あんなことがあった後だ。お前が死んだんじゃないかって取り乱していたんだ。落ち付かせるためにここに入れたんだよ」
「驚いたのはこいつだけじゃないだろ。特別扱いする理由はない。これからここはレジスタンス・グループの司令塔になるんだ。安易に村人を入れるな。邪魔だよ」
 レジスタンスや司令塔という言葉に、モーリスはぞっとする。やはりジギルは世界を相手取る革命の重要人物なのだ。いずれ、彼とはもっと距離が離れることを予感した。
「今だけだ……イジューはお前のおかげで幸せになれたんだ。特別なんだよ。怪我の心配くらいさせてやりなさい」
 二人の話が聞こえず、イジューはただ怯えているだけだった。
 ジギルはそんな彼女を見てため息を漏らす。確かに、もうイジューが描いた絵を持って駆け寄ってくる日は、二度と来ないのかもしれない。
「……ところで、村人はどうしているんだ?」ジギルはイジューを見て大事なことを思い出した。「怪我人は出なかったのか? かなり騒ぎになっているんじゃないのか」
 モーリスはイジューを隣の椅子に座らせながら話した。
「ああ、当然、皆驚いているよ」モーリスは浮かない顔をして。「アンバー様の反撃で、物陰から広場を覗いていた数人が巻き添えになった。だが全員軽症だ」
「そうか……ところでさ、村長、もうアンバー様とか言うの止めろよ。もう俺たちは自由だ。あいつらに支配されることはないんだ」
「それもそうだな。つい、癖でな」
「まあ」ジギルは皮肉に笑い。「自由とは言っても、平和でも幸福でもないけどな」
 重苦しい空気が漂った。マーベラスに逆らい、もう彼らに従う必要はなくなった。「自由」を手に入れたということは、平和を放棄したということ。
「村人は、俺を恨んでいるか?」
「いいや……今は子供以外は眠れない夜を過ごしている。説明を求められたが、実際に私は皆を説得できるほどの情報を持たない。だからジギルの声を待つように言ってある。皆、大人しくそうしているよ」
「それもそうか。何も分からないもんな。明日、石でも投げられる覚悟でみんなの前に立つよ。エミーより俺が話したほうがいいよな……明日は村人と話す、最後の日になるのかもな」
 ジギルは、そう寂しそうに言った。話が聞こえないイジューは膝の上に手を重ね、遠い目をする彼をじっと見つめている。
「ジギル、それは違う。村人は……ランドール人を敵だと認めているんだよ」
 意外な言葉に、ジギルはえっと短い声を上げた。
「アンバーさ……いや、アンバーの、あの狂暴な姿を見た者は当然、彼が形振り構わず、村人の安全を度外視して攻撃したことに酷いショックを受けたんだ。村人はマーベラスに従い大人しく生きていれば平和に暮らしていけると信じていた。しかしいざとなったら村は破壊され、虫けらのように切り捨てられる現実を目の当たりにし、疑念を抱いているんだ」
 ジギルは驚きを隠せなかった。エミーという好戦的な魔法使いといい、悪意の塊にしか見えない魔士といい、あれらを見てもそう言えるのだろうかと。
「だがそれもおかしなことではないんだ。エミーも魔士も恐ろしい。あの魔法使いが来なければここは平和なままだっただろう。だがそれ以上に、村人は、お前を信頼してるんだよ」
 ジギルは面食らったまま、言葉が出なかった。
「エミーのやったことがお前の意志なら、村人は受け入れるだろう。この村はお前の知恵でここまで発展した。皆が穏やかで思いやり合いながら暮らせているのは知識や技術のおかげだけじゃない。行き届いた教育の賜物だ。誰もが欲張らず、奪い合わずにいられたのは困ったことをお前が解決していてくれていたからなんだ」
 モーリスは隣でじっとしているイジューの肩に手を置いた。
「彼女がいい例だよ。イジューはこの村に生まれていなかったら、虐げられ、親にさえ見捨てられ、何も知らないうちに野垂れ死んでいたかもしれないんだ。それが、両親に愛されて育ち、絵を描いて笑っていられる……お前のおかげなんだよ」
 イジューに二人の声は聞こえなかったが、大事な話をしていることは理解できていた。ジギルへの感謝の気持ちを忘れたことがないイジューは、純粋な目で彼を見つめ続けていた。
「……やめろよ」ジギルは彼女から目を逸らし。「そんなんじゃない。正義でも情でも、なんでもないんだ。俺が、この村にいるのは、たまたまだ」
「それは何度も聞いたよ。でも、お前はこの村を守りたくて、革命を決意したんだろう?」
「はあ? どうして……」
「お前は言ったじゃないか。ここを拠点にすれば、劣勢にならない限り一番安全な場所になると。意味を考えたんだよ。それはつまり、お前がここを守りたいからなんだろう?」
 図星を突かれ、ジギルは汗を流した。はっきり言ったつもりはなかったが、無意識に言葉に現していたことに気づく。
 しかしそれでも、ジギルには「情」というのもを理解できなかった。
「そうじゃない……この村を守りたいってのは、本当だ。でも、それは、理由が欲しかっただけなんだ」
「理由?」
「多大な犠牲を出して、世界規模の争いを起こす理由をだよ。ただの趣味で研究を続けたいとか、好奇心でエミーの起こす革命を見届けたいとか、そんなんじゃ、いくら俺でも良心が痛むんだ。だから、この村を守るためだと、それらしい理由が欲しかったんだ」
「……それも、情というものじゃないのか?」
「違う。本当に村の平和を願うならエミーを追い出すべきだった。だけど俺は、エミーは危険人物だって分かっていて、それでも好奇心に勝てなかったんだ。俺には何が正しいのかなんて、分からないんだ。イジューが幸せになったってのも、ただの偶然だ。ここにこれがあるからこうすればいい。俺はそう考えただけで、そのあとどうなるのかはただの結果に過ぎない。失敗するかもしれない。悪いものが生まれるかもしれない。そうだとしても、俺は責任なんか感じない。革命だってそうだ。劣勢になるまでは安全だとしても、俺たちが勝てるなんて保障はない。敗ければ今度こそアンミール人は滅ぼされる。そうなったとしても、俺は何の責任も取れない。分かっていて、俺は事を起こした」
 思い詰めるように頭を抱えるジギルに、二人は顔を見合わせてかける言葉を探した。
「もうやめてくれよ。俺は優しくも賢くもない。ただやりたいことをやってる身勝手な人間なんだよ……いっそのこと、悪人だと責められたほうが気が楽だよ」
 どうしてジギルはこんなにも自分の能力に否定的なのか、モーリスには理解できなかった。多少の陰口はあったものの、今まで彼を拒絶する村人は一人もいなかった。それというのも彼が人前に出たがらないゆえだと思う。ジギルは見返りなど一切求めなかった。本人は与えているつもりがないからなのだろう。それが村人を安心させたのだ。
 だが、ゆっくりと時間をかけて村を安定させていくとともに、ジギル自身も村人と家族のような安心感を育むことはできなかったのだろうか。
 モーリスが不思議な違和感を抱いているうちに、廊下から騒がしい音が近づいてきた。一同が顔を上げると、三人ほどの魔士を引き連れたエミーが乱暴にドアを開けて入ってきた。
「おや、ジギル、目が覚めたか」
 エミーはマーベラスを追い払ったあと、魔士たちと酒を酌み交わしていた。初めて近くで見る魔士の恐ろしさ、醜さにモーリスは身震いしながらイジューを守るように自分の背後に追いやった。
「戦の烽火は上がった。これから忙しくなるよ」
「分かってるよ」ジギルはいつもの生意気な表情に戻り。「でもな、俺は普通の人間なんだ。怪我をしたら動きが鈍る。もう少し休みたいから静かにしてくれないか」
「アハハ、ほらお前ら、先生様が静かにしろってよ」
 エミーはソファに腰かけ、着いてきた魔士を部屋から出ていくように指示を出した。魔士は言う通りに退室し、去り際に無意味な咆哮を上げていた。
「おい、エミー、マーベラスの隊長とは何の話をしたんだよ」
「大したことは言ってないよ。リヴィオラを大地に還せとだけ」
「で、あいつらは何だって?」
「特に何も。ま、レオン様をからかってやったから、腸煮えくり返ってたみたいだけどね」
 ジギルは何から問い詰めるべきなのか悩むが、もういつものことだと苛立ちを静めた。
 会話にほんの少しの間ができたところで、透かさずモーリスが一歩前に出た。
「あの、とりあえずジギルは無事のようだし、私たちは帰らせてもらうよ」
 そのとき初めて、エミーはイジューの存在に気づいた。
「なんだい、そのチビは」
 イジューはエミーに鋭い視線を向けられ、縮こまった。
「な、なんでもない。ジギルが怪我をしたと聞いて心配で着いて来ただけだ」
 エミーは怯えて震えている少女を一瞥し、何かに気づいて口の端を上げた。
「その子、耳が聞こえないんだね」次にジギルに目線を移し。「で、先生に救ってもらったってわけか……ジギル、あんたも罪作りな男だね」
 ジギルはエミーの意味深な言葉に「はあ?」と大きな声を上げた。
「その子はあんたに好意を持ってるようだよ。まあ分からなくもないけどね。忌み子として生まれてきたのに、あんたのおかげで人並みの生活を送れるようになれたんだ。そりゃあ特別に思って当然だ」
「…………!」
 言われて初めて気づいたジギルは照れや怒りで感情が昂ぶり、顔を真っ赤にする。
 話が聞こえないイジューは俯いてモーリスの服の裾をぎゅっと掴んだ。そうじゃないかと思っていたが、本人たちが意識するまで口出ししないつもりだったモーリスは慌ててイジューの腕を引き、ドアに向かった。
「ジギル、私たちはもう帰るよ。明日……いや、夜が明けたら、村人と話をしてくれ。待っているからな」
 モーリスはそう言うと、イジューを連れてさっさと部屋を出ていった。
「エミー!」顔を紅潮させて、ジギルは怒鳴った。「変なこと言うなよ! あいつはガキなんだぞ」
「お前もガキだろ」
「そうだよ。俺たちはガキなんだよ」
「そう、お前たちはどっちもガキだ――でもな、女のほうが早く大人になるもんなんだよ」
「う、うるさい! もう黙れ……!」
 興奮したジギルは再び体の内側が激痛に襲われ、抵抗できずにベッドから転げ落ちた。胸を押さえて呻いても、エミーは笑うだけで手を貸しもしなかった。
「どうだ、マーベラス様の魔法は強力だろう? 私が片手間でも守護しなかったらお前の体はバラバラに千切れ飛んでいたぞ」
 ジギルは深呼吸しながら体を上げ、這うようにしてベッドに乗り上がった。
「……うるさい、うるさい。もう二度と下らない話はするな。仮にイジューにその気があったとしても、俺には関係ない。俺が言葉を教えたせいなら、もうあいつには関わらない。何なんだよ。感謝してるって言いながら、なんで面倒くさいこと持ちこんでくるんだよ。迷惑なんだよ」
 あまりに拒絶反応の酷いジギルに、エミーはさすがに呆れてため息をつく。
「お前って、本当に変人だな。分かったよ。もう言わないよ。じゃあな、また明日だ。体の痛みはいずれ引く。損傷してるわけじゃないからな」
「ああもう、そんなことはどうでもいい」ジギルは顔を上げ。「これからどうするんだ。魔法軍はいつ攻めてくるんだ? こっちの体制はどうなってるんだ」
「ああ、しばらくは大丈夫だ。侵攻の準備はできてる。とりあえずお前は休め」
 エミーはそう軽くあしらうと部屋を出て行った。相変わらず緊張感のない女だと、ジギルは思う。だがエミーが大丈夫というならそうなのだろう。自分も革命の重要人物なのは自覚しているが、結局エミーがいなければ何も動けない。それに実際、彼女は頼りになる。
 空が白み始めていた。窓の外には、数時間前まではなかった広大な茨の森が頭を覗かせている。その上では角の生えた化け物たちが酒を片手に盛り上がっているのが見えた。
(これは、悪夢だ……)
 ジギルは体の軋みを堪えて足を運び、窓の前に佇んだ。
(覚めることのない、悪夢。俺はこの夢の中で死ぬ)
 そう心の中で呟くと、目眩が起きた。怪我のせいではない。説明できない違和感がジギルの内側で渦巻いた。原因を探ろう意識を集中すると、「それ」はまるで生き物のように隙間を塗って逃げていく。
(何かがおかしい。この世界は、何かがおかしい……俺は、本当なら人に避けられ、嫌悪される存在のはずだ。なのに、どうしてこんな……)
 これ以上は考えられなかった。得体のしれない靄が頭の中に流れ込み、思考を遮るのだ。気を取り直そうとしても、どうしても靄が邪魔して集中が切れてしまう。こんな現象は初めてだった。おかしい。そう思うが、きっと答えは考えても分からないのだと本能が教えてくれていた。
(まさか、世界の外からの干渉があったのか……?)
 ジギルは仄かに朝日に染まる空を見つめた。馬鹿バカしいと思うと同時、ありえないことへの可能性を否定できない。当然だ、その先は見えないし触れない、無限の空間が広がっているのだから。いくら知りたいと願っても、人間の身では決して届かないところにあるものだから。
(……そうだとしても、俺はこの悪夢の中で生きていかなきゃいけないんだ。そうだ、これは悪夢だ。現実ではない)
 ――だとしたら、夢はいつか終わる。
 それは限りなく「死」に近い形で訪れるのかもしれない。
 ならば、例え「この世界の消滅」だとしても、いつか訪れる終焉に向かって進むしかないことをジギルは心に留め置いた。





   

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