千獄の宵に宴を



  第三場 旅路 



 荷物と言っても、放浪生活の二人には大したものはなかった。古びた風呂敷に衣服や小物を少々詰め込み、陽が落ちる前にと汰貴と赤坐は旅立った。
 西へ行こうか東へ戻ろうかと話しながら山道を進む。途中にすれ違う旅人とは挨拶も交わさず、ただ宿を求めて道なりに歩いた。
「絶景かな、絶景かな」
 山の麓に見える色とりどりの繁華街を見つめ、汰貴は大げさに感動した。もうすぐ下り道になるだろう。
「ここを超えたらどこへ着くんだろうな」
 赤坐は風景には興味を示さず、道の先を眺めた。
「明るいうちに超えられたらいいな」
 汰貴は自分を置いて進んでいく赤坐の後を急いで追った。そんな二人の横をすれ違う夫婦の会話がふと赤坐の耳に届いた。
「三河はいいところでした」
「そうだね。また遊びに行こう」
 赤坐が足を止めると、汰貴はそれに気づいて振り向いた。
「どうした」
 赤坐は汰貴の質問には答えず、夫婦に駆け寄った。
「あの」
 夫婦は驚くことなく、赤坐に顔を向ける。
「どうしました?」
「この山の先は三河ですか」
「ええ。下ってしばらく歩きますが」
 それを聞き、汰貴と赤坐は顔を見合わせる。そして、堪えきれないかのように笑い出した。夫婦はさすがに怪訝に思い、足を引く。二人は笑いながら夫婦に背を向けた。
「ありがとう」
 赤坐は夫婦にそう言い残し、先を急ぐ汰貴にすぐに追いついた。
「三河だって」汰貴は上がる呼吸を抑えながら。「こんなに近かったんだな」
「ああ」
「あの場所は、残っているだろうか」
「どっちにしても、あの場所はオレたちのものだ」
「そうだな」
 二人は待ちきれないとでも言うように、山道を駆け下りた。