千獄の宵に宴を



  第二場 雑木林 



 町から離れた林の中に、小さな掘っ立て小屋があった。人が住んでいるようには見えないそこをねぐらとして、コソ泥兄弟の汰貴と赤坐は生活していた。逃げ込んだそこの古びた床に寝転んで息を弾ませている。
「汰貴、いい加減にしろよ」
 赤坐は何度も彼を叱るが、汰貴はなかなか盗みのコツを覚えてくれない。
「ごめんごめん。あー、食べてすぐに走ったから片腹が痛い」
 汰貴は悪びれる様子もなく、面白かったと言わんばかりの笑顔で腹を抑えた。その様子を見て、赤坐は諦めてため息をつく。
「もうすっかり顔を覚えられたな」
「そうだな」
「お前のせいだぞ」
「はは、ごめん」
「……そろそろ、宿替えでもするか」
 赤坐の言葉に、汰貴は一瞬息を止める。笑顔を緩やかなものに変え、遠くを見つめた。
「……そうだな」
 彼の見せた僅かな戸惑いの意味が、赤坐には解る。汰貴とは違う方向に目線を投げ、独り言のように呟いた。
「ここにも、いなかったな」
 汰貴は返事をしなかった。首から下げた真鍮の十字架の首飾りが、着物の中で揺れた。
 二人は親の顔を知らない。今の時代に貧しい者は少なくなかった。生まれてすぐに捨てられる子供など数え切れない。汰貴と赤坐もその中の一人だった。二人に血の繋がりはない。なんの縁があってか、数年前に死んだ育ての親・武流(たける)に拾われて同じ屋根の下で、兄弟として生活することになった。武流がいなくなった今も、それは変わらない。
 親のいない子供は生き残っていくだけで精一杯である。親を探そうにも、時間も、手がかりもない者がほとんどである。だから誰も、探して頼ろうなど考えることはなかった。
 しかし汰貴は違った。物心ついたときに武流に教えられたことがあったからだ。今まで肌身離さず身につけてきた十字架の首飾り。これは汰貴が捨てられたときに首にかけられていたものであると。素材である真鍮も、十字架という形も珍しいものだった。もしかすると大きな手がかりになるのかもしれないと汰貴は考えた。だから諦めることができずにいたのだ。
 今の生活は嫌いではない。赤坐のことを本当の家族のように慕っており、逆もそうだった。二人は強い信頼関係で結ばれている。それでも、汰貴は親をどこかで探し続けていた。
 会ってどうしたいわけではない。ただ、顔が見てみたい。そして、もしかしたら話ができるかもしれないという、僅かな期待を捨てることができなかった。
 今は赤坐とのコソ泥生活が楽しくて、できることならこのままでいたいというのも本心だった。あちこちを転々としながらの気ままな生活。その、「ついで」である。汰貴は放浪のついでに、この十字架と関わりのある人物を密かに探していたのだった。
 赤坐もそのことを承知していた。赤坐も「ついで」に、それに協力していた。本来、十字架というものは危険なものだった。もし所持が見つかれば「異端者」や「隠れ切支丹」と呼ばれ、それだけで罰せられることになる。だから慎重に動いた。汰貴がまだ子供だからこそ、赤坐は自分が気をつけなければいけないことだと思っていた。
 そして、この町にはそれらしい人物はいなかった。町の人々はいい人ばかりで決して嫌いではなかったが、もうここに未練はない。
 だからここを離れると、二人は決めた。