SHANTiROSE

INNOCENT SIN-96






 暗雲渦巻く空に無数の稲妻が轟く。
 大地は震え山は火を噴き、風は木々を巻き上げ、海はグラスの中のワインのように左右に揺れていた。
 生きている人間のほとんどがこの世の終わりを予感せざるを得なかった。そんな人々の意識も次々に途切れていく。
 終末の喧噪の中心は、台風の目のように静かだった。
 青い光を浴びながら、レオンは目を閉じた。
 ――誰かが終わらせなければいけない。
 自分が始めたわけではない。先人が作った歪みを、自分以外の誰かが更に歪め、ヒビを入れて壊そうとしているだけ。
 ――終わらせるだけではない。そのあとの責任を負わなければいけない。それができるのは、私だけ。
 レオンに迷いはなかった。
 ――リヴィオラを支配する。
 石に絡みつく、かつての王である父の亡骸が、静かに地面に落ちていく。


***



 ヴェルトは水晶の光の呼ぶほうに向かった。次第に光が強くなる。
 この辺りだと感じて止まった場所は、所々に草木が生えているだけで地面がむき出しになっている平地だった。
「ここは……」ヴェルトは周囲を見回し。「何度も探した場所じゃないか」
 そこはシルオーラ城とウェンドーラの屋敷の、ちょうど真ん中ほどの位置。クライセンがエミーに襲われた場所として一番可能性が高いと予測されており、何度も捜索が行われていたはずだった。
 ヴェルトは考えるより行動が先だと考えて再び水晶を見つめた。集中しようとしたとき、背後から名を呼ばれて振り返った。
「ヴェルト!」
 現れたのはサンディルと三人の魔法兵だった。
「サンディル様。ご無事でしたか!」
 サンディルは全身が薄汚れいくつかの傷を負っているが、駆け寄ってくる様子から大事はないようだった。
「城は壊滅した」サンディルは無念の表情を浮かべ。「私は直前に調査のため城を出ていたから助かったが……」
「なぜここにいらっしゃったのですか?」
「私にできることはほとんどなかった。だから、せめて最後に息子に会いたいと思い、探していたんだ」
「ここにクライセンがいると分かっていらっしゃったのですか?」
「いや……ここにクライセンがいるのか?」まさかの朗報にサンディルは困惑した。「わ、私は屋敷に戻ろうと考えていた。しかしあまりの惨状に身を隠すのが精いっぱいで、結局何もできなかったんだ」
「私も彼を探しに来たのです。ここのどこかに、クライセンがいます」
「本当か!」
「そのはずです。まさかこんな近くに……高度な魔法を使って地中も異空間も探したというのに」
「なぜここにいると思うのだ」
「これを」ヴェルトは水晶のネックレスを見せた。「クライセンと連絡を取るための水晶です。これに呼ばれました」
 サンディルは彼の手のひらの上にある水晶を見つめた。
「これをどこで手に入れた?」
 ヴェルトはつい本当のことを言いそうになったが、瞬時に止めた。今、彼にティシラの話をすると長くなると考えたからだった。
 おそらくサンディルは難を逃れたものの生き残れる可能性は低いと思い、せめて息子の行方を命のある限り追うつもりだったのだろう。死を覚悟している彼に、息子の恋人が化け物となってエミーと戦っているなどと言えば、なぜそうなって今どうなっているかが気になって当然だ。それを説明している時間はない。だからこの場は不要な情報は漏らさないほうがいいと判断した。
「ロアのものです。戦闘中に落としたのでしょう。これが小さな光を灯しており、偶然見つけました」
「この水晶が、クライセンの意識と繋がっているのか?」
「はい。しかし……またここで行き詰ってしまいました」
「そうか、そうか……生きているんだな……」
 サンディルは狼狽して辺りを歩き出した。あまりに嬉しい報せだった。だがまだ助かったわけではない。それでも、最後に一目でも会えるなら十分だと、短い時間にたくさんの思いを巡らせた。沸きあがる感情を飲み込みながら数歩進んだあと、すぐに戻ってきてヴェルトに向き合った。
「クライセンはエミーの魔法に閉じ込められている。エミーはアンミールの魔法使いだ。似ているようで型が違う。だから私たちでは見つけられなかったんだ」
「なるほど……となると」
「地中だ。クライセンは地面の中に閉じ込められているに違いない」
「なぜそう思うのでしょう」
「最初からこの場で何かが起こったはずだと目星は付いていた。そこから動いていないということは不安定な異空間ではないだろう。そしてこの地には球根が埋められていなかった。おそらくクライセンの発見を遅らせるためだ」
「では、クライセンは割と単純な方法で隠されていたということですね」
「それもエミーの計算の一つだ。複雑な魔法を使えばそれを魔力で維持する必要があり、魔法に長けた我々に見抜かれやすくなる。だから単純に何かに閉じ込め動きを封じ、地面に埋めたのだ」
「だったらすぐに掘り起こしましょう」
「できるか?」
「正確な位置は把握できていません。この辺り一帯の地面を片っ端からひっくり返すしか方法はありません」
 サンディルは地面を見つめ、息を飲んだ。
「そうだ」と顔を上げ。「ヴェルト、これを使えないか」
 サンディルは上着のポケットを探り、あるものを取り出してヴェルトに渡した。
「紫の球根だ。壊滅していたある村に調査に行ったときに拾ったのだ。魔士が落としていったのだろう。発芽していないが生きている。あとで調べようと思っていたが時間がなかった」
 ヴェルトは球根を受け取る。
「この球根は魔力を求めて地中に深く潜る……僅かな魔力を発するクライセンを見つけることができるかもしれませんね」
 サンディルが頷くと、ヴェルトは片膝をついて球根を地面に置き手のひらをかざした。すると球根は短い根を動かしながら溶けるように地面に消えていった。
 地面が振動しているのが分かる。リヴィオラが注ぐ魔力を吸収しながら球根が土や石を割き、急速に成長しているのだった。
 ヴェルトは水晶のネックレスを両手で包み、祈るように目を閉じた。
「……クライセン、聞こえるか」
 水晶が光を灯す。
「どこにいる? 返事をしろ」
 声は聞こえない。しかし、水晶の光が強くなっていく。
 もうすぐだ。ヴェルトは目を見開き片手を地面につけた。彼を中心に白い閃光が地面を走り、大きな魔法陣が描かれていく。その魔力に反応した根は目覚めた獣のように膨張し延びる速度を速めた。
(……見つけた)
 ヴェルトは地中の異物を感じ取り、更に魔力を強める。
 地面の揺れは激しくなりあちこちに亀裂が走った。次に轟音を立てながら盛り上がり、バラバラに砕けていく。バランスを崩しそうになるサンディルを避難させようと魔法兵が腕を引いたが、彼は拒絶しその手を払った。
 瓦礫が重なり合い、隙間から触手のような根が蠢いた。一番激しく揺れている場所を見つめていると、太陽の光を反射する透明の石が姿を見せた。
「あれは……金剛石」
 ヴェルトは立ち上がり、石の傍に駆け寄った。地面から押し出されたものは大きな金剛石のクラスターだった。
 その中にクライセンが閉じ込められていた。
 サンディルはおぼつかない足で瓦礫を登り、眠る息子の姿を確かめ、目を潤ませた。
 再会に感動しているのは彼だけで、ヴェルトは石を睨みつけ奥歯を噛んでいた。
「アカシック・レイ! エミーめ、私たちの技を盗み、悪用していたのか」
「ヴェルト、クライセンは助かるのか」
「分かりません。エミーがどこまでこの魔法をコピーしているのか……」
 サンディルは何度目かの絶望を抱いた。彼もアカシック・レイの原理を知っているからだ。
「ですが方法はあるはず。現にこの中にいる彼と僅かでも意志が繋がりました」
「見てくれ」サンディルはクライセンの胸元を指さし。「クライセンは片手で水晶のネックレスを握っている。おそらく閉じ込められる寸前、咄嗟にそうしたのだろう」
「そこに歪みが生じたのですね。やはりこの魔法は私たちの秘術と比べるとかなり荒いもののようです。見様見真似の雑な魔法です」
 そんなレベルの低い魔法にいいようにやられるクライセンに密かに苛立ちを抱いたが、それだけエミーが狡猾なのだと考え直し、ヴェルトは負の感情を拭い払った。
「……だが、同情の余地はない」ヴェルトは腰の流星導に手をかけ。「緊急なのでね、少々手荒く扱わせてもらいます」
 言いながら剣を抜き、クライセンに向けた。
「待て」サンディルが大声を上げる。「何をする気だ。それはエヴァーツの魔力を持つ剣だろう」
「これに賭けるしかありません。彼の安全を最優先している場合ではないのです。どうか、ご辛抱ください」
「しかし……!」
 ヴェルトは呼吸を整え、剣を両手で握り直した。
 流星導から伝わる魔力を体中で感じ、剣の持つ力を心に描いた。
(そうだ。これを鍛えたのは、私自身だ。レオン様のエヴァーツの魔力……そして、レオン様の良心)
 なぜこれが自分の手に戻ってきたのか、必ず理由があるはず。
 球根を殺すだけが、命を奪うだけが役目ではない。
(殺すはずがない)
 ヴェルトは目を開き、両腕に力を込めてクライセンの胸元に剣を突き立てた。
「レオン様が、大切な家族の命を奪うはずがない……!」
 流星導は守るために生まれた剣。レオンの魂が剣に宿っているのなら、殺すものと生かすものの選別ができるに違いない。
 ヴェルトはレオンの心を信じた。
 剣の切っ先が金剛石に刺さった。そこから亀裂が走り、砕けた欠片が飛び散る。
 サンディルは込み上げる衝動を抑え、這うように後ずさった。サンディルもレオンを信じると決意し、しかし恐怖で体が震え、堅く目を閉じた。
 刃がゆっくりと石を割いていく。切っ先はクライセンの胸に届いたが、血は一切出なかった。その奇妙な光景でヴェルトは確信した。この剣はクライセンを救うと。
 ありったけの力を込めると、剣はクライセンの体を貫いた。同時に金剛石が粉々に砕け散った。一つ一つの欠片が太陽の光を反射し、ここにいる者の視界を光の瞬きで埋め尽くした。
 石の破裂の衝撃で吹き飛ばされたサンディルは、天の川のような大量の星屑に、二つの青い光が紛れていたことを確かに見届け、意識を失った。


***



 ティシラの体力を早く消耗させるため、エミーは今までにないほど激しい攻撃を繰り返していた。
 エミーほどの魔法使いなら魔力は無限に使える。ティシラの攻撃力はそれを上回ってはいたが、いずれ限界がくるのだから加減の必要はなかった。
 ティシラの黒い炎で球根の数はエミーが思う以上の速さで消滅していった。もう少し時間が欲しかった。早々にティシラが自滅してくれればそれでいい。そうでなければ彼女を巻き込んでもっと大地を破壊しておかなければいけない。
 そんなことを考えているとき、エミーの脳裏に痛みが走った。
「なんだ? 何が……」
 エミーが一瞬戸惑った隙にティシラの放った炎の塊が直撃した。エミーは弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
 エミーはすぐに体勢を整えその場から離れ瓦礫の影に隠れた。
 体の傷を癒しながら、先ほどの衝撃を原因を手繰った。
 あの痛みは自身の体に感じたものではなかった。他の何かが傷ついたその瞬間を共感したものだった。
「あんな鋭い傷は初めてだ。一体何が攻撃されている?」
 まさか、とエミーは心の中で繰り返した。
「まさか……リヴィオラが?」
 レオンはどこへ行った? ティシラの攻撃以外で球根の数が減っている様子はなかった。ということは、彼は今――。
「レオン……ティシラで私を足止めし、リヴィオラを壊そうとしているのか!」
 疑っている時間はなかった。すぐそばまでティシラが追ってきている。
 エミーは影から出てきてティシラに向かって大声を上げた。
「おい、小娘!」
 ティシラは髪の毛を逆立てたまま地上に降りてエミーに向き合った。
「お前の力は分かった。お前は強いよ。降参する」
「はあ?」
「私の目的はリヴィオラを地上に返すこと。そしてお前の目的はクライセンを助けることだろう?」
「…………」
「クライセンの居場所を教えてやるよ」
「何ですって……!」
「安心しろ。殺してないよ。クライセンにはお前がいる。万が一のことを考えて生かしておいたんだ」
 ティシラから怒りの感情が消えていく。だが、笑顔からはまだまだ程遠い熱を赤い瞳に宿していた。
「革命が完了したあとも人間が住めなくなるわけじゃない。お前はクライセンと二人で暮らせばいいだろう。そうすれば、私たちの目的はどちらも叶うんだ」
「……だから何?」
「だから、取引しよう」
「クライセンの居場所を教えるから、私に手を引けってこと?」
「そうだ。お前はクライセンとずっと一緒に居られたらそれでいいんだろう? そうなれば私はもう敵ではないはずだ」
 ティシラは俯いて深く息を吸った。気持ちを落ち着け、考えをまとめようとした。エミーは彼女の様子を見ながら、このまま畳みかけて戦意喪失を目論む。
「ティシラ、それにお前は、このまま戦っていれば無限の魔力に肉体を蝕まれ、いずれ燃料切れを起こして倒れるんだ。クライセンは助かるのに、魔界の姫が身を犠牲にして私と戦う理由はあるのか?」
 ティシラは目を泳がせながら、考えていた。
「ないわ」
「そうだろう? レオンはお前を利用し逃亡した。ロアは嘘をついて傷つけ、クライセンから引き離し追い出そうした。そんな人間に何の義理がある? どうでもいいじゃないか。人間がどうなろうと」
「そうね。ほんと、どうでもいい」
「よし……だったらついてこい。クライセンの居場所を教えてやるよ」
 エミーは口の端を上げ、片手をティシラに向かって差し出した。
 しかしティシラは動かなかった。
「嘘じゃないのね?」
「ああ。本当だ」
「あんたは、私とクライセンの恋を応援する?」
「当然だ。それで私の目的が達成できるのなら、いくらでも祝福しよう」
「そう……」
 ティシラは数回瞬きしたあと、エミーを睨みつけた。
「それでも、私はもうあんたを許せない」
「なに……!」
「今更どれだけ頭を下げても遅いのよ」
 ティシラは再び黒い羽を広げ爆風を起こし、瞳の奥と口の中を炎で満たした。
「気に入らないの。ムカつくの。損とか得とか、理由も原因も分からない。考えてみたけど、イライラしてちっとも冷静になれない。ただ、目の前にいるあんたをぶん殴らないと気が済まないの」
「貴様……クライセンがどうなってもいいのか!」
「それは、あとで考える」
「何だと!」
「……エミー!」ティシラは目を見開き。「地獄に落ちろ!」
 そして全身に灼熱の炎を纏い、地面を蹴ってエミーに殴りかかった。
 強烈な拳を食らったエミーは血を吐きながら息を上げる。
「……お前には、人間の言葉は通用しないようだね」
「当たり前でしょ。私は魔界の姫よ。私の中には、愛しかないの」
「愛? 魔士より恐ろしいその姿で、何が愛だ。寝言は寝て言え!」
「黙れ! もうあんたと話すことはない!」
 再び二人は火花を散らしぶつかり合った。
 しかし今までと同じではいられない。エミーは考え、その場から飛び去り、ティシラを誘導した。
「あの魔物女、面倒だね……」口の中に溜まった血を吐き。「しかし所詮はガキだ。正面から真っ向勝負なんてバカげてる」
 エミーは「目標」を見つけ、笑った。
 ティシラの追撃をかわし、上空高く舞い上がった。高い位置に止まり、不適な笑みを浮かべて両手を広げて呪文を唱えると、彼女の頭上に真っ赤な魔法陣が浮かび上がった。
「何をする気?」
 ティシラも動きを止め、エミーを見つめた。エミーの目線は、ティシラには向いていなかった。
 ティシラははっと何かに気づく。エミーの見つめる先には、半壊の町があり、避難してきた人々が集まっている場所だった。
 エミーはティシラではなく、生き残り逃げ惑う人間たちを皆殺しにするつもりだった。
 なぜ、と考える時間はなかった。
 なぜエミーが人間に狙いを定めたのか。なぜ、ティシラは人間を守らなければと思ったのか――。
 エミーの頭上の魔法陣は邪悪な太陽に変化し、膨張していった。それに気づいた人間たちは死を覚悟し逃げ惑い、かばい合った。空に浮かぶ真っ赤な球は、エミーが大きく腕を回すとそれに合わせて回転する。そして、エミーはそれを町目掛けて振り下ろした。
 ティシラは夢中でエミーと町の間に滑り込んだ。
 翼を最大に広げ、両手で赤い球を受け止める。
 熱には耐えられる。しかし密度の高いそれは異常に重く、腕だけでは止められない。ティシラは咆哮し、全身全霊で最大の魔力を放出した。赤い球は黒い炎に包まれ、外側から破壊されていった。しかし無限の魔力を操るエミーが、上空から追い打ちをかけ押し戻してきた。
「そうだ」エミーは手を緩めず。「もっとだ。もっと力を出せ。そして壊れてしまえ!」
 ティシラの力は凄まじく、次第に赤い球は小さくなっていく。
 もう少し、と、ティシラは最後の力を振り絞り、それを黒い炎で焼き払った。
 散り散りになって空に消えていく球の欠片の向こうに、エミーの姿があった。彼女は笑っていた。
 ティシラはとうとう限界に達した。無抵抗のまま落下し、土煙を上げて地面に落ちる。人間たちは全員、その場から逃げ去っていた。
 体が動かなかった。羽も角も消え、ティシラは普通の少女の姿に戻って地面に横たわっている。
 そこに、エミーが近づいてきた。
「バカな娘だね」意識朦朧としたティシラを蹴り上げ。「名もない弱い人間なんか助けるなんて……まあ、咄嗟に体が動いたってところかな? 分かってるよ。決して正義や情でやったわけじゃないっていうのは。私の思い通りにはさせたくなかったんだろう? その気性が、仇になったってわけだ」
 エミーは黒い剣を抜き、ティシラに向けた。
「壊すより守るほうが難しいんだよ。人間の世界じゃ常識だ。お前の敗因は、それを知らなかったことだね」
 一言も発する力のないティシラは、死人のように無表情でエミーを見つめていた。あの赤く燃え上がっていた瞳は虚ろで、怒りも悔しさも何も宿っていなかった。
「さあ、首を撥ねて四肢を切り落としてやろうか」エミーは剣を両手で持ち。「いや、吸血鬼は心臓が弱点だったか? 試しにその胸を一突きしてやるよ」
 勝ち誇ったエミーは剣を振り上げた。
 そのとき、上空から一人の人間が静かに舞い降り、エミーの前に着地した。
 エミーは近距離から彼の青い目に見つめられ、息を止める。
 クライセンはヴェルトから借りた流星導で、音もたてずにエミーの心臓を貫いた。
 エミーは口から血を吐き、剣を落として地面に両膝をついた。
 二人の間で血飛沫を浴びたティシラは、意識が遠のく寸前、ずっと待ち続けていた彼がやっと来てくれたことをはっきり確かめ、涙を零しながら瞼を落とした。
 エミーは倒れた。
 その直後、世界中の空間が粉々に割れたような感覚が走った。生きている者すべてがそれを感じ取り、得も言われぬ不安を抱いた。
 リヴィオラが、破壊されたのだ。
 原始の石は砕け散り、中心部分の、人の心臓ほどの大きさだけが残り、一人の少年の手のひらの中に収まった。
 魔力の源を失った球根は同時に枯れ始め、すべて土に返っていく。
 革命は終わった。
 成功だったのか失敗だったのか、エミーには分からなかった。
 だけど、十分だと思った。
「エミー……一つだけ聞きたい」」クライセンは彼女の死を確信し。「君は、本当に魔薬を神だと信じていたのか?」
 エミーはくだらない質問に、笑った。
「そんなわけ、ないだろ」
 そう言い残し、息を引き取った。
 エミーは死んだ。革命も終わった。だが、クライセンは腑に落ちない苛立ちを、彼女の躯に向けた。
 結局、エミーの大儀は何だったのか、彼女は何を信じてこれほどの争いを起こしたのか、納得のいく答えが分からず仕舞いだったからだった。
 レオンとエミー、それぞれに命を預け散華していった者たちの魂は一体どこへ向かえばいいのか、もうエミーからは嘘でも救いの言葉さえ聞くことはできない。そんなことを考えると、ただただ悔しさと虚しさだけが残る。
 胸が苦しい。クライセンは崩れ落ちるように膝をつき、ティシラの頬を流れた涙をぬぐった。
「……ティシラ。遅くなって、ごめん」
 だけど、一番守りたかった者だけは生き残ってくれた。
 今はただ、戦い疲れて深く眠る恋人を抱きしめることしかできなかった。





   

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