SeparateMoon



18






 また知らない言葉が出てきた。
 ジギルは無意味に警戒しつつ、耳を傾ける。
「血を継ぐってのは比喩だけどね。簡単に言うと、魔法使いの祖、ってことみたい」
「……みたい?」
「まあまあ、もう少し聞いてよ」
 反応が早くなってきたジギルに、ユリナはなぜか機嫌良さそうに笑った。
「人間だって始めから魔法が使えたわけじゃないでしょ。リヴィオラによってこの世界ができて、最初に魔力を操り始めた人がいて、それが私たちの祖先なんだって」
 研究が進み技術が発達し、魔力を操る人間の数も自然に増えていった。彼らは世界のあちこちに散らばり、その方法を広めていった。魔力を目で捉えるように自在に操る者は、魔法使いと呼ばれるようになった。
「それが私たち、アラナログ族。まあ別に、古いってだけで特別な何かがあるわけじゃないと思うんだけど、魔法は人間の進化や繁栄に必要な力だと信じられていた時代だったから、ご先祖様たちは惜しみなく布教して回っていたんだって」
 語り手が違えば重厚で壮大な物語のような歴史だったのかもしれないが、と、ジギルは思う。それでも彼の好奇心を刺激するには十分な導入だった。魔法使いの起源なんてどこにも書いてなかったし、疑問に思ったこともなかった。ユリナの軽い口調で語られるだけなら話半分で聞いてしまったかもしれないが、彼女は当事者のようだ。興味が湧かないわけがなかった。
「じゃあ、アスラの、っていうのは?」
「魔法に価値を見出して勝手に派閥を作った人たちがそう呼んだんじゃないの? 実際アスラが人間が認識できる物体として存在してるとは思わないけど、リヴィオラはただの石だし、昔はもっと身近に感じていたんだろうね」
「アスラは知ってる。本で読んだだけだが……確か、雌雄同体の赤ん坊の姿をしていると書いてあったな」
「誰かが見たとしても、それって、あくまで人間が想像できる範疇の姿だよね。私はそれでいいと思うし、そうじゃないかもとも思う」
 ジギルはアスラのことを知ったとき、不思議と疑問を抱かなかった。人間の無意識は一つの根に繋がっていることをエミーが指摘していた。この現象がそうだと、今更ながら認識する。
「……正義も悪も持たない純真無垢、絶対的な孤独でありながら、生命を生み出す完璧な神。アスラより後に生まれた人間の想像に過ぎないということなのか」
「想像とは一言では言えないみたい。その姿を伝えたのはアラナログ人らしいの」
「え? 見たのか?」
「そう言われてるね。ただ、人間の目にはそう見えたってだけ」
「人間にとっての理想の姿だったってことか」
「人間だけじゃない。天使も魔族もアスラと同じ姿をしているし、それの模倣なのかもしれない。最初の知的生命体を『アスラの子』だと表現するなら、血を継ぐってのは間違いじゃないのかもね」
「アラナログ族ってのはランドール人じゃないのか?」
「違うよ。魔法使いにも優劣が付き始めて、強い魔法を使えるようになった人がランドール人。アンミール人と、どちらの種族にも私たちの血が流れてる」
「その、強いとか弱いってのは?」
「遺伝子とか脳の作りの違いでしょ。本当は優劣なんてないんだけどね。生まれ育った環境で、進化と退化を繰り返しているうちに違う人種ができたんだね。アンミール人だってランドール人の模倣とか後追いばっかりしないで、独自に進化してれば天下取れたと思うよ」
 ジギルは真っ先にエミーを思い出した。彼女は死んだが、魔法大国は崩壊し、リヴィオラも破壊された。アンミール人にもそれだけの力があることを証明したのだ。
 ふと、アンミール人が勝利した世界の話も思い出す。どちらがよかったのかなんて誰も分からない。
「……そうだとしても、どうせ争うことになるんだ」
「まあそうだね。戦争って人災じゃなくて自然災害だからね」
 軽く笑い飛ばすユリナに、ジギルは畏怖の感情を抱く。これだけの人間同士の殺し合いを、まさに他人事としてしか捉えていないからだ。まるで、神々が人間の世界を見下してあれこれ噂話をしているかのうように。
「それじゃ魔法軍が、お前たちを従わせたかったってのは……」
「単純に戦力が欲しかったのと、自分たちより上がいるのが嫌だったんじゃないの?」
「上って……」
「魔法使いからしたら、私たちは格上ってやつだからね」
 ケラケラと笑うユリナは、そうは見えないが、そう思わせる説得力があった。ジギルに魔法使いの格は判断できないが、やはりレオンへの信仰心の欠片もないどころか、下に見ている態度がそうさせるのだと思う。
「お前たちは魔法軍と対立してたのか?」
「全然。俗世のことなんて興味なかったんだけどね」
「俗世って、どこに住んでたんだ」
「竺史(とくし)の村。知らないでしょ。情報とかほとんど残ってないから」
 アラナログ族は世界中に散らばっていったが、自分の力を驕り高ぶる者も、人々に恩を押し付けようと考える欲深い者もいなかった。魔法が盛んになって、役目を終えたと判断したアラナログ族は竺史に戻りそこで静かに暮らすようになった。
 最初は感謝していた人々も、魔法使いの国ができて権力を奪い合っていくうちに、アラナログへの敬意も薄れていった。
「私たちの存在をあやふやにしたい人たちがいたんだね」
 そのうちに、ランドール人とは違う魔法使いがいるという認識だけになっていった。ランドールの魔法軍は巨大化して、世界の頂点に立ったが、アラナログを知る学者たちの中には不安を拭えない者もいた。今や世界を統べる魔法使いは我々であることを認めさせるべきだと会議で訴えた。数を含めた戦力で言えばアラナログより魔法軍のほうが上回っていたが、アラナログ人は村から出てくることもないし、強い思想も野望も持たない。存在を知らなければ誰の記憶にも残らない些末な存在である。滅亡させたほうがいいと言い出す過激な者もいたが、それは人道に反すると禁止され鳴りを潜めた。
「それでも魔法軍ができてから、たまに交渉には来てたみたいだけど、アラナログは降(くだ)らなかった。でも革命軍の出現をきっかけに、どうしても魔法使いを一つにまとめたくてしつこく通い始めたんだよ」
「アラナログ族の意志は変わらなかったが」ここでカロンが口を開く。「そこにユリナが割り込み、条件を聞いて自分が行くと言い出したんだ。そもそも戦う理由だけじゃなく、断る理由も特になかった一族はユリナを自由にさせた。俺はユリナの護衛のためについてきた」
 ジギルはあることを思い出した。白いマントを羽織ったスターブロンは魔法戦争の生き残りとして一つの組織を設立したと。
「じゃあ黒いマントって……マーヴェラスのもう一つの派閥?」
 独り言のように呟くと、ユリナとカロンがちらりと目を合わせた。
「何それ?」
「いや、お前たち、黒いマントを持ってたって言ったよな。何か称号のようなものを与えられなかったか?」
「ああ……」ユリナはまるで懐かしい思い出にでも浸るように。「なんだっけ。黒い……」
「黒い月。ルナノアールだ」とカロン。
「あ、それだ。最初は赤って聞いてたんだけどね。でも黒もかっこいいから気に入ってたよ」
 マントの色は思想の違いで分けられていた。彼女たちの黒は――。
「レオンを始め、ランドールの魔法使いの誰にも敬意がない魔法使いに与えられた色だな」
 きっと要注意人物の意味もあったのだと思う。それでも称号を与えたのは、優秀な魔法使いは配下に置いておきたいという魔法軍の意図があったからだ。
 ジギルは聞いていて面白い話だとは思わなかった。魔法軍の傲慢さは魔法使いにも及んでいたということだ。
「胸糞悪いな」
 ジギルが呟くとユリナは笑い、カロンも僅かに瞳を揺らした。
「私は気にしてないよ。地位とか名誉とか興味ないし」
「だったら何で魔法軍に従属した?」
「私たちの力が役に立つなら、って感じで、そんなに難しい理由はないかな」
「魔法軍に入ったアラナログの魔法使いはお前たちだけなのか?」
「他にもいたけど、まあ三十人程度だね。アラナログ人も全員が優秀な魔法使いってわけじゃないから」
「死んだ者もいるのか?」
「いるよ。殺し合いなんだから当然。元々統率も取れてなかったしね。残った人は村に帰ったか、私たちみたいにその辺で人助けしてるかじゃないかな」
「……悲しくないのか」
「悲しいけど、私たちはそれほど死に執着しないんだ。死んだら終わり。だから、死なない方法のほうが大事」
「だから……俺みたいなのも助けるのか」
 ユリナはそうそうと言いながら頷いた。
 彼女たちも無意味で理不尽な差別を受けていた。それを知れただけでジギルはここに来てよかったのかもしれないと思う。話を聞く限り、アラナログ人は本当の意味で「無欲」なのだ。欲を制御するでもなく、そういう人種であり、竺史という閉鎖された場所がそうさせるのだろう。
 ランドールの魔法軍についたのは、同族だからではなかった。簡単に言うと「誘われたから」に過ぎない。だとしたら――。
(……もし、エミーがこいつらと接触していたら、どうなっていたんだろう)
 ――そんな光景を想像しようとした寸前、ジギルの頭の奥に電流が走ったような錯覚を感じた。
「…………?」
 ジギルは数回瞬きするが、一瞬でその「違和感」は消え去った。
 原因は分からないが、あまりいい傾向ではない気がする。
 考えてはいけない。もう見えないものに振り回されるのは御免だ。ジギルは目を軽く擦ったあと、気持ちを切り替えた。
「ところで、俺はどうすればいい?」
「どうって?」
「俺にできることはあるのか?」
「んー、今のところは、別にないかなあ」
「ないのか……」
 今までこんな風に軽く扱われたことがなかったジギルは拍子抜けする。
「魔薬に詳しいなら、また何かあったときに質問するかも。あの化け物とか残党とかよく分からないし、そいつらを殲滅するのが目的でもないし」
「でも、敵が何かを確かめているとしたら、可能性が高いのは、お前たちのことじゃないのか。ここにいる魔法使いの力がどれくらいのものか、特性や属性とか」
「知ってどうなるの?」
「それに対抗できる魔薬を作るんだ」
「そんなに簡単にできるの?」
「簡単……ではないけど」
 革命軍の中にはジギル以外にも魔薬の調合ができる者はいた。
 以前にエミーに提案されて飛行が可能な魔士の薬を作った。かなりの魔力と筋力が必要だったため複合して使う必要があった。エミーは決戦までそれを表には出さないと言い、自分の知るところで実際に使われることはなかった。だが、それまでに複数人の仲間と共に実験を重ねた。自分と同じ程度に魔薬を操れる者はいなかったと思うが、それなりの知識と経験を持つ者は確かに存在していた。それらが生き残っているとしたら――。
「――できないとは断言できない」
「じゃあ、君ならできる?」
「えっ?」
 ジギルは目を見開き体を揺らした。
 ユリナは興味津々に見つめているが、隣のカロンは今までにないほど眉間に深い皺を寄せていた。
 正直なところ、条件が揃えば、できる……が、ここにその条件は揃っていない。正直に答える必要はないと思う。
「……俺に、そんなこと、できるわけないだろ」
 声が上擦ってしまった。ユリナは表情を変えないが、カロンは更に目線を鋭くしてジギルを責め立てた。
「本当のことを言えよ」
「見てのとおり、俺はボロ雑巾だ。何ができるって言うんだ」
「お前、あの化け物を見ても全く怖がってなかったな。ペットでも見てる気分だったのか」カロンは皮肉な笑みを浮かべる。「仲間だったからな。見慣れてたんだろう? でも今はどうだ? 俺たちが少しでも遅れていたらお前は食われて死んでいた。あの化け物から向けられた殺意に恐怖は感じなかったのか? それとも、今でも仲間なのか?」
 嫌な奴……ジギルにはカロンが疑っているのではなく、ただ煽っているだけなのが分かった。しかし彼がどんな答えを求めているのかまでは読めない。ただただ、神経を逆撫でされるだけだった。
「うるせえな……雑魚が雑魚に食われたってどうでもいいことだろ」
「お前にとってあれは雑魚なんだな。俺たちがいなけりゃこの集落の人間は全滅してたんだぞ。どういう感覚してんだ」
「雑魚だろ。ただ蛇が巨大化しただけで、その程度の魔薬ならバカでも作れる。戦闘に特化した魔士はあんなものじゃない。それはお前たちもよく知ってるだろうが」
「なんだお前、あの殺戮兵器を自慢してるのか?」
「してねえよ。あれは人間が選択した一つの姿だ。お前らの魔法も具現化すればああなるんだよ」
「冗談だろ。あんなブサイクな姿になるくらいなら死んだほうがマシだ」
「一回なってみろよ。中身と外見が一致して気に入るかもしれないぞ」
「雑魚のくせに、調子に乗って……」
 そこで、ユリナが急に高い声で笑い出した。ジギルは目を丸くして口を閉じる。
「ごめんね、邪魔して」ユリナは腹を抱えて。「カロンとこんなに言い合ってる人、あんまり見たことなくて、笑っちゃった。ボロ、気にしなくていいからね。カロンは意味もなくすぐ人に喧嘩売るんだよ」
「はあ?」とジギルは呆気に取られる。
「これ、怒ってるわけでもなくて、普通なの。だからほっといて大丈夫」
 カロンはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。否定しない彼を見て、ジギルは心底呆れた。
「とりあえず君が嘘ついてないのは分かった。今の君が何もできないこともね」
「……そうだよ」ジギルは感情的になったことを後悔し、声を落とした。「無能の役立たずだよ、俺は」
「残党の噂っていうのも、まだ遺恨のある人たちは魔法使いのいる集落には寄り付かず立ち去るとか、どこかの森とか山奥で魔士の姿を見かけたとかその程度だし」
「魔士になった者は魔力が尽きたら死ぬ。維持する手段があるってことか?」
「それは知らない。でも数は少ないでしょ。見つけたら魔法使いが退治するよ」
「じゃあ……遺恨の残る奴らが集まってるのか」
「それも知らない。そうだとしても、そいつらの目的は何? 私たちを殺すの? それは無理でしょ」
「どうして?」
「だって私たち強いから、そう簡単には殺されないよ。ここ以外にもまだ強い魔法使いは残ってるだろうし、そもそもレオンが生き残ってるんだよ。残党が集まったところで太刀打ちできないでしょ」
「それはそうだけど、だったら、他の目的があるのか?」
「さあね。結局何も分からないんだよ。ただ、たまに変な化け物が襲ってくるだけ。だからボロも普通にしてていいよ」
 ジギルは楽観的なユリナにもう何も言えなくなった。確かに、相手の正体すら分からない状態で、これ以上考えても何の答えも出ない。
 ここにいるのは二人の魔法使いと戦争の被害者ばかり。生活を立て直したいだけの、組織でも何でもない集団に戦う理由はなかった。
 ジギルは肩を落とし、緊張を解いた。話は終わり席を立とうとした寸前、もう一つの疑問を思い出した。
「あ、そういえば、俺の名前……」
「ああ。ジギルね。ちゃんと覚えてるよ。どっちで呼んだほうがいいと思う?」
 ユリナはにこりと目を細める。
 革命軍の残党が近くにいるとしたら、とジギルは思う。自分のことを知っている者がいるかもしれない。この集落の中にはいないとしても、残党に自分の存在を知られると面倒なことになるのは想像するに容易かった。
 そうだ、この二人は――。
「――ジギルという名を、知っていたんだな」
 腐っても魔法軍の精鋭だ。大体のことは知っているものと思って接したほうがいいようだ。かと言って敵意は一切感じられない。一応、まだ「普通」になれる可能性は残っているようだと、ジギルは胸を撫でおろした。

 そろそろ皆のところに戻らないとと、二人は退室していった。
 ジギルはユリナに部屋の中のゴミを片付けておいてと言われ、その場に留まった。先ほどのこともあるし、二人と一緒に出て行っても目立ってしまうことを危惧していたジギルは素直に従うことにした。部屋の中には蛇の死骸だけではなく、修復の際に出たゴミも隅に寄せてあったり、元々住んでいた住民のものであろう生活用品もあちこちに散らばっていた。部屋の掃除や片付けも得意ではないが、今は他にやることがないし、やっと怪我から回復したばかりで話し相手もいない。自分のタイミングで動けるように気遣ってくれているなら有難いと思う。
(でも……)ジギルの手が止まる。(俺にとっての普通って、一体何なんだろう)
 本を読むことが好きだった。勉強や研究が好きだった。時間を忘れて没頭できたし、していたかった。
(それ以外、やりたいことなんてないし……)
 友達や仲間と何でもない時間を過ごすのも、楽しくないわけではなかった。だけどそれを何時間も何日も繰り返す自分を想像できない。
 テーブルの上に置かれたままの小瓶が視界に入った。
(これがなければ、俺は誰からも必要とされない)
 ゆっくりと手を伸ばす、が、指を折って目を反らす。
 それでいい、と自分に言い聞かせ、ジギルは背を向けた。







<< Back || TOP || Next >>



Copyright(c) RoicoeuR. All rights reserved.