SeparateMoon



5





 次の日の朝、ジギルはヴェルトを建物の影に呼んだ。
「え? アシュリーにばれた?」
 驚いてつい声が大きくなってしまったヴェルトは咄嗟に片手で口を塞いだ。
「どうしてそんなことになったんだ」
「向こうから声かけてきたんだよ。しかも夜中に」
「君の正体を聞いてきたのか」
「いや、それはどちらかというとついでみたいな感じで……」
「だったら何の話をした」
「城跡に連れて行かれて……」
「城跡? シルオーラの?」
「そうだよ。お前も行ったんだろ? 変な光の玉が浮遊してたぞ」
「それは知っている。レオン様があそこは墓場だと仰っていた。はっきりとは分からないが、おそらく死者の思念だろう」
「あと、中央にある枯れた蔦の塊を気にしていたな」
 ヴェルトは眉間に皺を寄せ、目元を陰らせた。
「あれは何なんだ?」ジギルは彼の表情の変化に気づき。「アシュリーも知らなかった。どうしてお前らが分からないんだ。レオンは何か言ってなかったのか?」
「……レオン様は、城跡には行かれていないのに、あの蔦の存在をご存知だった。ただ、そのままにしておくようにとだけ仰った」
 ヴェルトは声を落として、あまり触れたくないことのように話していた。その様子に、ジギルは苛立ちを隠せなかった。
「あのなあ、その意味深な話し方、何とかならないのか。いろいろと複雑なのは分かってるけど、俺には関係ないんだよ。ここにいない奴にまで気を遣って何になるんだよ」
 今度はヴェルトが苛立ち、一瞥する。ジギルは一瞬怯んだが、睨み返して踏みとどまった。
「大体、あの女はお前の仲間だろ。お前らで話し合えばいいのに、なんで俺なんだよ。ろくに説明もしないで、俺が知るわけないんだよ。内輪の問題に巻き込むなよ」
 ヴェルトから怒りは消えたが、今度は怪訝な表情を浮かべる。
「……仲間?」
「は? 仲間だろ?」
「アシュリーがそう言ったのか?」
「言わなくても普通そう思うだろ。何なんだよ 一体!」
「ああ……そうか、君は知らないんだな」
「はあ?」
「彼女は『スターブロン(白い星)』。白いマントの魔法使いのことを聞いたことがないか?」
「白いマント? 知らねえよ」
「私たちのマントが赤いことは知っているだろう。彼女は確かに仲間だ。だが、同じではない」
「……それは」
 ジギルは不穏な空気を読み、はっと息を飲んだ。
 ――私はヴェルトとは違う。
 昨夜のアシュリーの言葉を思い出す。あれには意味があった。彼女はジギルがそれを知らないことを見越して話をしていたのだろう。
「マーベラスの魔法使いのすべてが赤いマントを羽織っていたわけではない。私たちは『サンルージュ(赤い太陽)』。レオン様に忠誠を誓う者だ。そして彼女はスターブロン――魔法戦争でザイン様と共に戦い、生き残った軍神の一人なんだ」
 ジギルは目を見開いて言葉を失った。
 驚愕しているジギルの態度が気になりつつ、先に説明をしたほうがいいと思いヴェルトは話を続けた。
「スターブロンは古い魔法使いの集まりだ。彼らにはもう国を守る軍人としての力はない。だが帝国の礎を築き上げた英雄の子であることはずっと称え続ける必要がある。だからそのような者には功労者として神格化しスターブロンの称号が与えられたんだ」
「……じゃあ、アシュリーは魔力が弱いのか?」
「それが……私は彼女がスターブロンだと名乗ったとき、正直、寒気がしたよ。私の知っているスターブロンの情報ではほとんどが老人のはずなんだ。しかしアシュリーはあのとおり若々しい姿をしている。つまり、彼女は私たちサンルージュと同じくらいの力を保持しているということなんだ」
「だったら、サンルージュに属すればいいんじゃないのか? なんの違いがあるんだよ」
「あまり言いたくないんだが……」ヴェルトは深く息を吐き。「功労者というのは建前で……スターブロンはレオン様よりザイン様への信仰心が強い者の集まりなんだよ」
 やっぱり……という言葉をジギルは飲み込んだ。
 あのときアシュリーから感じた怒りはレオンへ向けられたものだったのだ。
「マーベラスは戦後に、ザイン様主導でできた組織だが、ザイン様が力を失い、レオン様の存在が台頭してくるにつれ、魔法使いたちの考え方も変わっていった。多くは若い魔法使いで、もちろんザイン様を蔑ろにする者はいないが、目の前にいる『英雄の後継者』を崇拝する者が増えていった。そのうちに、明確な派閥ができていった。互いの思想は平行線を辿ったが、決して敵ではない。ザイン派の老人たちはザイン様のように魔力を失った者ばかりで、既に亡くなった者も多い。当然数は少なく、増え続け強化されていくレオン派の者と争えるほどの勢力ではなかった。それでもザイン様とその信者たちへの敬意は尊重されるべきである、と別の名で呼ぶことになったんだ」
「で……でも、別にレオンに対してどうこうってのはないんだろ?」
「そうであって欲しいがな。あくまで噂だが……なんの功績もない少年でありながらザイン様の上に立たれたレオン様を認めていない者もいると、聞いたことがある」
「え……いや、あの女は違うんだろ……?」
「……どうしてそう思う?」
 青ざめて固まっているジギルに釣られるようにヴェルトも顔色を悪くしていく。
「さ、先に聞きたいんだけどさ……あの城跡にあった蔦、ザインだろ?」
「……は?」
「レオンが、ザインに、とどめを刺したというか……」
 ヴェルトは素早く手が伸び、ジギルの胸倉を掴んだ。
「アシュリーにそんなことを言ったのか……?」
「そ、そうは言ってない! 俺がそう思っただけで、遠回しに、あくまで一つの仮説として、それとなく、ぼんやりと……!」
 必死の言い訳も通じず、ヴェルトの胸倉を掴む手に力が入っていく。ジギルは限界を感じて慌てて手を振り払った。
「大体なあ!」一歩下がり、呼吸を整える。「そんなに大事なことなら先に言っとけよ。俺が魔法使いの内部の事情まで知ってるわけがないだろ。あれだけレオン様レオン様言ってたくせに、お前ら軍なんだろ。思想は統一してるものだろうが」
「マーベラスには歴史があるんだ。思想も強制はしていない。だが魔法大国として能力のある魔法使いは管理が必要。だから個々を尊重し新しい組織を立ち上げたのだ。表面上は一枚岩に見えてもそれぞれ考え方が違う。人間なのだから当然のことだろう。それにスターブロンは正式には軍隊ではない。規模も小さく内争が起こる可能性はなかった」
「でもアシュリーはお前らと同じくらい強いんだろ。何なんだよ、あいつは」
「マーベラスは各地に点在していた。レオン様の傍に仕えていた私たちもすべての人員を把握はしていなかった。この地で初めてアシュリーを見たとき、戦闘でマントも制服も失い私服姿だったからサンルージュだと思っていたんだ。国が崩壊した今、細かいことにこだわる必要はないし、名前と状況だけを聞いて、一人でも多くマーベラスの魔法使いがいれば心強いと思った。しかし彼女の魔法を何度か見ているうちに違和感を抱いた。型が少し違うんだ。魔法は長年の研究によって進化と淘汰を繰り返してきた。簡略化されたり複数の魔法を合成したものもある。アシュリーの術式は失われた旧式だった。そこで初めて気づいたんだ」
「本人に聞いたんだろ?」
「聞いた。だが彼女はそうだと言うだけだった。私が分かるのはここまでだ。だから警戒しろと伝えていたんだ」
「り、理由も言わないで、どう警戒しろって言うんだよ」
「今の話を前もって話したところで、君のことだ、まともに聞く耳持たなかっただろう」
 ヴェルトに人差し指を突きつけられ、気まずく、バツの悪い顔でジギルは「確かに」と頷いた。ヴェルトは頭を悩ませ深く息を吐いた。ジギルはその呼吸の音ですら、責められているようで体を縮めて汗を流す。
「分かった……お前らにもいろいろあるのは分かったから、今後のことを決めよう。あの女とはどう付き合っていけばいい?」
「そんなに簡単に結論だけ出せると思うな。アシュリーから話しかけてきたのなら、君が彼女から情報を引き出すくらいの協力はして欲しい」
「なんだよ、お前、まさか……あいつが怖いのか?」
 ヴェルトは顔を強張らせる。
 図星だとジギルは悟った。
「……スターブロンは、保護すべき古(いにしえ)の魔法使いだ。アシュリーのように強い魔力を持った者ならなおさら。彼女の意志を蔑ろにすることはできない」
「つまり、老害ってやつか」
「そういう言い方をするな! 無礼者!」
「もういい、分かった。今の話で十分だ。俺のミスだった。悪かった」
「え……?」
「まんまと誘導された。あいつにとって俺が誰かなんて本当にどうでもよかったんだ。ザインがどうなったのか、それを知りたかっただけなんだな」
 急にしおらしくなるジギルに戸惑いつつ、ヴェルトも真剣な表情を浮かべてジギルの言葉に耳を傾けた。
「レオンに伝えなくちゃいけない。アシュリーに、いや、誰にもザインの最期を話すなと。レオンだけがザインと会話ができたんだと思う。だからもしあの場所で二人が何か交わしたとしたら、それは二人だけの問題だ。他の誰も干渉していいことじゃないんだ」
 ジギルの言葉が自然とヴェルトの心に伝わった。あれだけジギルに嫌悪感を抱いていたのに、とヴェルトは思う。もしジギルがどれだけ正しいことを言っても素直に聞き入れられない自分の非寛容さに葛藤していたヴェルトだったが、今は、不思議と彼と対等の目線になれている。
 ジギルはやはり普通の少年ではないと、ヴェルトは改めて思った。だからといって彼のしたことを許すことはできないが、確かめておきたいことがあった。
「ジギル」ヴェルトはあえて本名で呼び。「その根拠はなんだ」
「は? 根拠なんかねえよ。親子なんだろ? 誰が二人の決めたことに口出しできるんだよ。お前らはいちいち物事を大きく捉えすぎなんだよ。マーベラスだのスターブロンだの、そんなものはただの飾りだ。レオンは親と引き離されてずっと理想だけを押し付けられてきた。ザインだって息子と話したかったはずだ。そんな二人がやっと対面して、感動的なものじゃなかったかもしれねえけど、自分なりの答えを出したんだ。その結果に損も得もねえだろ。レオンは押し付けられることをやめて、自分で背負ったんだよ」
 ジギルの言うことに根拠はなかった。しかし、ヴェルトの心に重く圧し掛かる。
「ザインはもういないんだ。それが現実だ。違うか?」
 ジギルを許せない気持ちと同時、彼のレオンへの情が窺い知れ、ヴェルトの心が揺れた。きっとジギルは今までもこうしてきたのだろうと思う。結果を恐れず、今正しいと思う道に人々を導いてきた。
 レオンはジギルにこそ英雄の資格があると言っていた。その意味が分かる。悔しいが、彼を認めるしかなかった。
「……君の言うとおりだ。それで、結論はあるのか?」
「ある」ジギルに迷いはなかった。「過去の亡霊から、レオンを守れ」
「過去の亡霊、とは、ザイン様のことか?」
「過去の亡霊だよ。ザインを取り巻くめんどくさい感情のことだ。ザインだって死んでまで息子に迷惑かけたくないだろうよ。あのバカ正直な冷血漢がザインのこととなると口を閉ざす。何かしら思うことがあるんだよ。そこを弄って傷口を広げようとする奴から、お前が守ってやるんだよ」
 ジギルの熱弁にヴェルトは感動していた――だけではなかった。
 ずっと魔法漬けだったヴェルトにとって彼の話は、胸のつかえがとれたような心地よい刺激があった。
 だが、ヴェルトは最後の部分で首を傾げる。
「……私が?」
「何だよ」
「私が守るのか? アシュリーから、レオン様を」
 その反応に、ジギルが目を点にする。
「お前以外いないだろ」
「まあ、今のところは……」
「嫌なのか?」
「えっ」ヴェルトは慌てて。「いや、違う。そうじゃなくて……」
「嫌でもやれよ。なに急にやる気なくしてんだよ」
「嫌ではない。もちろん……」ヴェルトは少し考え、落ち着きを取り戻し。「……ちょっと待て。アシュリーが敵だと決まったわけではないだろう」
「はあ?」
「今は協力すべき相手だ。彼女は私と同等の力を持っているし、そのために何等かの方法で力を手にしてここに来たのではないか?」
「だったらその何等かの方法が何なのか聞けよ」
「…………」
「どうしてそれだけの力を持っているのか、今までどこで何しててこれからどうするつもりなのか、ちゃんと聞けよ」
「……それも、そうだな」
「お前なあ」歯切れの悪いヴェルトにジギルは呆れた声を出す。「しっかりしろよ」
 ヴェルトは生意気な少年に見下されたようで胸中穏やかではなかった。しかし、言い返すことができなかった。




<< Back || TOP || Next >>



Copyright(c) RoicoeuR. All rights reserved.