MurderousWorld
01-Conference




 その日は冒険屋組織デスナイトでの「一級会議」が行われていた。
 組織には二つの階級がある。一級は五人。司令官直属のトップクラスの冒険屋である。二級は、一級者の下に各数十人程度。更にその下に、階級を持たない者がそれぞれに配属されている。
 一級者は一度決定すると死ぬか、よほどの失態を犯さない限りその立場は剥奪されない。二級者は仕事の結果の甲乙に関係なく、一級者が自由に選ぶことができた。と言っても、二級者の能力は一級者の仕事に大きく影響する。ゆえに情を交えられることはほとんどなく、無階級者は、二級者が移動するたびに配属部所が変更されることになる。その間隔は不定期であり、一級者と直接会話することが少ない無階級者は、昇格する機会を掴むまで自分の管轄のトップの顔を知らないままのこともよくあることだった。
 無階級者の世話や教育は二級者に任せてあるが、一級者が二級者にそれをすることはなかった。なぜなら、二級者はもう立派な大人であり、立場も弁えられる一人前の冒険屋だったからである。
 組織内にいくつかある会議室のひとつに、一級者の五人が集まっていた。
 その顔ぶれは一年近く変わっていない。珍しいことだった。
 一人は、短い金髪を逆立てた大男サクラ。名前に似合わない強持てで、実質現在のデスナイトのトップである。
 次に虎の獣人グラスと、彼の同期で常に同レベルの結果を出してきた銀狼の獣人ラン。その隣にはクズリの獣人ナユタ。ランやグラスに比べると体格も迫力も劣るが、桁外れの瞬発力を持ち、何よりもその地味な外見からは読み取れない貪欲さと、それを満たすための悪知恵の回り方は異常だと言われている。
 そしてもう一人、この中で最も小柄で最年少である、街中で見かけても目に止まらないほど「人畜無害」を描いたような青年ブラッド。なぜ彼がこの階級を手にしているのかという疑問は、人に尋ねないと解決しないものだった。
 ここにいる誰もが侮れない力を持ち合わせた者ばかりだった。だが、彼らは決して敵でもなければ、何かを争うためにこの場に集まったわけではない。警戒心はないに等しかった。
 ガンメタリックの分厚い鉄の壁で囲まれた円柱状の広い室内に窓はなく、ガラス張りの床下から仄かに光るライトだけが彼らを照らし出す。室の形に合わせて等間隔に並べられた人数分の、高い背もたれのある肘掛け椅子にそれぞれが腰掛けている。室内にはそれ以外、テーブルを初めとする「一般的」な会議室にあるべきものは何もなかった。
 今回は重要な会議ではなかった。一級者は一ヶ月に一回程度はこうして顔を合わせ、特に議題がなければ近況を含めた雑談を交わす。
 そのたび、必ずしも五つの椅子が埋まるとは限らない。任務中の場合もあれば、重傷を負って動けない状態にあることも稀ではない。最悪、命を落としていれば来たくても叶わぬことである。
 また、五人が揃ってもいつでも同じ顔ぶれである保障もなかった。当然である。いくら立場や成績を維持したとしても、いつどんな不幸に見舞われるかは神のみぞ知るところなのだから。時には入れ替えがあったことを知らされておらず、予想外の人物が現れることもあるほどこの組織、この業界の変動は安定しないものだった。
 五人が揃っても、しばらく互いに目を合わせなかった。一級者というのは好きでこの場にいるものは少ない。その上、いつもは下の者に指示をする立場ではあるが、ここにいるのは全員が同等なのである。その中で自分が指揮する必要はないと、誰もが自然にそれを放棄したがった。
 単純に言うと、ただ成績がいいというだけで位置づけられていると考えるものがほとんどなのである。二級者は上と下に挟まれていつも忙しい。だが一級に上がってしまえば基本的に任務にだけ集中していられる。二級者の管理も、あくまで自分に有益だと思う人材を確保していればいいだけのこと。時には指名者が被ることもあるが、出入りの激しいこの世界、いついなくなってもおかしくないたった一人を譲ることに、大した抵抗は感じなかった。

 誰もが他人のような顔をしている中、仕方なさそうにグラスが口を開いた。
「……最近、風紀を乱す者が増えていると聞いたが」
 一同は顔を上げるが、さほど積極的に参加する様子はなかった。
 この空間で問題が起こる可能性は少ないが、念のためにモニターが設置されており、始終記録に残される。例え小さなことでも、組織や任務に関する話し合いをしておかなければいけない。この会議だけが、一級者にとって最も煙たがられる義務であった。
 ナユタもまた、仕方なさそうな返事を返す。
「俺は聞いたことないな。どこの管轄の話だ」
 次に、サクラが低い声を出した。
「俺もない」
 ランはため息まじりに。
「お前はずっと仕事でいなかったからだろう?」
「そうだったな」
 サクラはいつも言葉が少ない。
「どこの管轄って言うか」ブラッドが続ける。「右も左も分からない新入りが粋がってるだけだろう? よくあることじゃないか」
 グラスは彼に向き合い。
「元気なのは構わないが、ここは学校じゃないんだ。規律は守ってもらわないといくら能力があっても使いものにならない」
「二級に任せればいいことだ」
「言うことを聞かない者もいるらしい」
「だから僕たちが直接注意しろと?」
 ナユタが笑みを浮かべる。
「それは任務外だ。やれと言われればやるが、誰が報酬を払ってくれるんだ?」
 ランも口の端を上げた。
「本人から巻き上げればいい」
「茶化すなよ」ブラッドも、緩む口元を隠した。「仕事もろくにできない子供の小銭にどれだけの価値がある?」
「それは」サクラが無表情で。「俺たちの規定報酬金額での計算か?」
 それを聞き、ナユタは片手をヒラヒラと振る。
「そりゃ残酷だ。内臓全部売っても足りやしない」
 誰も真面目に話し合う気はないようだ。グラスもバカバカしくなってくる。
「……そうだな」頭を抱え。「ただ、最近特に目立つ新入りがいるそうなんだ。詳しくは知らないが、組織に来て異例の早さで配属部署が決まるらしい」
「ああ、それは聞いたな」と、ラン。「そいつの話なら最初からそう言えよ」
「そういうつもりじゃなかったが。元々緩みがちだったところに、そういう扱いにくいのが入ってきたせいで余計に荒れやすい環境になりつつあるのかもしれない」
 ナユタは少し興味を示した。
「だが組織がそいつを持ち上げてるんだろ? だったら尚更俺たちの出る幕じゃない」
 しかし、名前も素性も聞こうとしないところ、関わるつもりはないようである。サクラが目を伏せた。
「そんなもの、放っておけ」彼の少ない言葉は重い。「子供は無知ゆえに過ちを犯す。取り返しのつかないことをすれば苦しむのは本人だ。そのことをいずれ知るだろう」
 彼の言うとおりだった。グラスは話をまとめに入る。
「……だが、もしかしたら何も知らないバカが俺たちに近づいてくる可能性もある。そのときは、感情的にならず冷静に対処するように気をつけよう」
 大々的に一級者の顔と名前を、組織内でだけでも明かしてしまえば早い話だった。しかしそれだけは、これから先も行われることはないだろう。なぜならば、任務に支障が出るからだ。
 元々一級者は「裏」、つまり「暗殺者」であることがほとんどだった。命を奪うことで実績を重ねていけばいくほど、その存在は闇に隠れる。存在を世に認知されないほうが仕事をしやすいのは当然のことだった。だからこそ「新人」と呼ばれる未熟な者にまでは、彼らのことをほとんど知らされることはなかったのだ。それに、冒険屋は仕事でもプライベートでも外を自由に行き来し、他所の組織の者と関わることも少なくはない。組織内にスパイや裏切り者がいないとも限らないのである。一級者が必要以上に他人と関わりを持ちたがらない理由は、少し考えれば誰でも理解できることだった。
 全員が解散のつもりでいる空気の中、グラスが最後に付け加えた。
「ただし、分かっているとは思うが、司令官からの指示は確認しておけよ。みすみす殺すのは惜しいだろうし、できれば使える男にしたいと考えるはずだ。二級者の言うことを聞かないとなると俺たちに相談してくるかもしれない」
 一同は既に席を立ち始めていた。ナユタも足を出しながら応える。
「分かってるよ。仕事となれば別だ。グラスは心配しすぎだよ」
 グラスも腰を上げる。
「話すことがないから仕方ないだろう?」
 それを聞き、ナユタは「それもそうだ」と笑い出した。
 本日の会議は、いつもと同じく内容の薄いものとなった。



   


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