SHANTiROSE

HOLY MAZE-11





 昨夜、ティオ・メイで会議が行われていた。
 メンバーはトール、ライザ、サイネラ、ダラフィン、そしてラストルだった。
 議題は魔女騒動のことである。数時間前にアジェルから報せが届き、急遽話し合いの場が設けられたのだった。
 慎重に動くべきことと念を押されている事件ではあるが、まだ物事の形がはっきり見えていないのも事実。本来ならば国のトップが揃って話し合う段階ではなかった。
 しかし、魔女騒動の今後の対処についての会議があるという話を聞いたラストルが、なぜか自分も参加すると言い出したのだった。今まで彼はそれほど興味がなさそうにしていたため、周囲は驚いた。
 会議に出席するだけならいいのだが、ラストルが関わるとなると別の問題が浮上する。
 まず、彼には事件が絡む公務の経験がない。そして、アジェルが滞在しているというティオ・シールの名が出たことにあった。


 アジェルはティオ・シールの近隣を調査しているため、シールを拠点として動いているとのことだった。
 会議の場所は、城の最上階、王室のあるフロアの一番奥の部屋で行われた。室の扉から続く長い廊下には等間隔に警備兵が並んでいる。
 少々冷たい空気の中、サイネラから話を切り出した。
「アジェルの使いの魔法使いから報せがありました。彼は各地を回りながら魔女の情報を集めていたそうです。そして、辿り着いたのが、ティオ・シールとのことです」
 一同の顔色が変わる。その中で、ラストルだけは平静だった。
「シールの周辺で怪しい気配を察知したそうです」
 最悪のことも知らされた。怪しい気配の中に、人の「死」のそれもあった、と。
 騒動ではなく、事件としての可能性が高まったことで軍が動かざるを得なくなっていた。動くのは構わない。必要ならば当然のことである。ただ、どう動くかが問題だった。
「今の段階では、私を始めとする魔法使い数名でティオ・シールへ向かうのが最善かと思います」
 いつもより重い表情で上座に座るトールが口を開く。
「魔法使いだけでいいのか」
「まだ調査中とのことです。あまり大袈裟に動くと人々が恐れます。速やかに解決できるならそれに越したことはありません」
 サイネラがそう言うなら、と、トールは話を進めようとした。
 しかし、それを遮ったのはラストルだった。
「私が行きます」
 張り詰めていた空気が細く切られたような感覚が走った。
「この事件は、私に指揮を取らせてください」
「なぜだ」トールが冷静に問う。「お前は自分が適任だと?」
「それは分かりません。ですが、私もそろそろ一人前に公務を果たせる者になりたいのです。そう考えていました。行動を起こすのに一日も遅らせる必要はありません。だからこの件に尽力し、民の望む解決を、私の手でもたらしたいのです」
 もっともらしい発言だった。だがそれだけでは納得がいかない。
「……ルミオルがいなくなったことがきっかけか?」
 ルミオルのことは、一部の者の間では禁句となっている。室内の空気は更に重くなっていく。
「それは、否定しません」ラストルは動じず。「ルミオルがいなくなった今、あなたの後を継げるのは私しかいません。その責任の重大さを実感したことは認めます」
「お前がシールに行けば」トールは少し声を落とし。「世界が騒ぐことになり兼ねない。それは分かっているのか」
「……もう、昔のことでしょう」
「違う。シールは、ロゼット一族は、未だ私たちインバリンの首を狙っている」


 もう二千年以上前のことだった。
 魔法戦争の時代、パライアスを支配していたのはティオ・メイの初代国王ガラエル・ロゼットだった。戦争に勝ち、世界から敬愛されていたガラエルの代から順調にティオ・メイは繁栄し、その子供たちに王位を受け継がれてきた。それが当たり前だと、誰もが思っていた。
 しかし、七代目となるティオ・メイ国王には娘しか生まれなかった。大きな問題だった。このまま王家を途絶えさせるわけにはいかないと、養子縁組の話が持ち上がった。そこで、当時からメイの次に大国だったシールの長男、ディシス・インバリンが候補に挙がった。
 ディシスは幼い頃から英才教育を受けた、優秀な少年だった。性格もよく、真面目で謙虚でロゼット一族からも評判がよかった。
 早速メイの長女と見合いをさせたところ相性もよく、長年メイに滞在させ様子を見た結果、彼なら信頼できると、養子の話は進んでいった。
 そしてメイとシールは今まで以上に親しくなり、二人の結婚が決まった。
 ティオ・メイの次期王位継承者として真っ直ぐに成長していった彼は、賢くて腕も立つ、完璧に近い男になっていった。結婚して二年後には立派な男の子も授かり、将来も安泰と言われた。誰もが彼の強運と才能を認めており、数年後に難なく王位を継承した。
 だが、それから次第にディシスは変わっていった。
 ある日、「私はインバリンの血族である。ロゼットを名乗るのはおかしい」と言い出した。途端に国は不穏な空気に包まれた。
 ディシスは自分の血に誇りを持っていたのだ。最初は世界のため、自分にできることがあるなら尽力することに抵抗などなかった。だが何もかもがうまくいき、自分の能力の高さを自覚し始めたことにより、今の状態に不満を抱いたのだった。
「なぜ王の器のある私が、跡継ぎにも恵まれないロゼットの尻拭いをしなければいけないのだろうか。インバリンの男が王として認められたのなら、インバリンがメイを支配するのが正当な流れであるはず」
 当然、彼の発言は問題となった。そして争いは起こった。
 大国メイとシールは諸国を巻き込んで戦争を起こした。単なる権力争いではあったのだが、世界を支配している二つの国の在り方を決める戦いは小さなものではなかった。
 どちらが勝つのか、答えはすぐに見えた。
 ディシスが今までに培った信頼と能力は世界が認めていたのだ。反乱軍の位置にあったディシスの勢力は圧倒的なものだった。
 次第にロゼット軍は追いやられ、メイの王政の権利をインバリンに譲ることになった。
 ディシスは自分が間違っているとも、これが侵略だとも思っていなかった。だからこの勝利も正しいものであると信じていたことから、ロゼットに慈悲の心を持って接した。
 ロゼットを支配することも見下すこともせず、メイの次に大きな国であるシールを渡し、これからも互いに協力し合って世界を繁栄させていこうと伝えた。
 ディシスはこのことを、ただメイの王家の名前が変わっただけだと割り切っていた。
 最初は「なんて傲慢な王だ」「あんな身勝手な男に任せられない」と批判する者も少なくなかったが、彼は自分の言葉どおり、今までと変わらない力で世界を守っていった。
 ディシスは、ガラエルとロゼット一族への敬意も失わなかった。ティオ・メイの城はガラエルの創ったもの。だから彼の遺品も歴史もないがしろにすることなく、今までと同じようにこの城で大切に守ることにした。そのことはロゼットにとって屈辱を増す結果となったが、世界からは評価された。
 そのうちに、メイをインバリンが、シールをロゼットが受け継いでいくという事実が世間の常識となって根付いていき、今に至っている。


 ディシスの姿勢が変わらなかったことで、今となってはそのことを根に持つ者はいなかった。
 ただし、ロゼットだけは別だった。
 ディシスは、魔法戦争を勝利に導いたガラエルの血を持つ我々を欺いた侵略者であると、今でも根強い怨恨が消えることはない。
 表面上では親しくしており、互いに影響を与えながら国を守っている。だが二つの一族の間には、顔を合わせれば見えない火花が散り、隙あらば足を引っ張るといういざこざが続いている。
 世間では噂程度の話しか流れていないが、この因縁は二つの国だけが肌で感じ続けていることだった。


 睨むように自分を見据えるトールを、ラストルは静かに見つめ返した。
「分かっています。彼らは、敵です。油断などしていません。そのことも含め、私に仕事をさせて欲しいと言っているのです」
「二つの重要な問題を知っておきながら、お前に任せろというのか」
「私のやりたいことは、魔女などいないことを証明することです。そうすることでどれだけの民を安心させることができますでしょうか。同時、ロゼット一族は私を認めるでしょう。長年の因縁が解消されることはなかったとしても、次の代のインバリンも安泰であると思い知らせれば、彼らの態度も変わるでしょう」
 彼の主張は間違ってはいない。しかし。
「お前のその自信は、一体どこからくるのだ」
 ラストルはぴくりと眉尻を揺らす。
「……自信などありません。経験がないのだから当然でしょう。だから、これから経験を積んでいきたいのです。ご理解いただけませんか?」
「そんなことではお前に任せることはできない。何もするなとは言わない。今回はサイネラに任せ、お前はここに居て彼の手伝いをしなさい」
 あまりの小さな仕事に、ラストルはとても頷くことはできなかった。
「あなたは、いつまで私を箱の中に閉じ込めておくつもりですか」
「何を言っている。重要な仕事だ。もし犠牲者が出ている事件ならば、速やかな解決を求められる。そしてこれ以上被害を拡大させないための正しい判断力、決断力、度胸や勇気を併せ持ち、そして細心の注意と思い計りを国民に向ける必要がある。補佐もまともにできない者がそれ以上の重大な責任を背負えると思っているのか」
 この分からず屋が――二人は互いに相手をそう思った。反抗的な目を向けるラストルに、トールは苛立ちを抱く。
「お前は今はまだ、自分が王子だからなんでも可能だと思いこんでる愚者だ。人の話も聞けぬ者に他人の命を預かる資格はない」
 明らかに、ラストルの表情に不快なものが浮かんだ。彼は国王であるトールを心から尊敬しているわけではなかった。むしろトールのやり方に不満を抱いているほどである。口には出さないが、ラストルの態度を見ていれば誰でも分かっていることだった。
 周囲は当然、トールの言い分を正しく思っている。ラストルはそれが気に入らなかった。
「今回の件、それほどの大事なのでしょうか。魔女などいない。それを証明するだけでしょう。ただそれだけのことに、どうして私を貶しめる必要があるのでしょうか」
「貶しめる? 勘違いもいい加減にしなさい。魔女などいないとどうして言い切れる。もし魔女がいたら? 既に死人が出ていたら? お前の責任で死人が出たら、一体どうするつもりなのだ」
「やってもいないことで責められるいわれはありません」
「成功しようが失敗しようが、自分のしたことで出る結果をすべて受け入れる覚悟があるのかと聞いているんだ」
 二人の険悪な言い合いに、周囲の者は内心怯えていた。素直ではない息子を甘やかしすぎだと言われていたトールがここまで厳しく諭すことは珍しかった。だが本心では、もっと強く言ってもいいと思う者がほとんどだった。魔女の問題だけなら考えようもあったのだが、シールが関わるとなると話は別だった。
 ラストルもそのくらいのことは分かっている、つもりだった。
「ロゼットはインバリン家と血縁関係にあるのです。彼らも協力してくれるでしょう。私が二国の関係を良好にすればその功績もメイに貢献できるはず……」
「ロゼットはガラエルの子孫だ。甘く見るな」
 ラストルのあまりに安易な発言に、トールはつい大きな声を出してしまった。
 室内に更に重い空気が落ちてきた。トールはすぐ冷静になり、力を抜いた。
「奴らが今までメイを攻撃してこなかったのは、私たちに奴らを抑える力があり、恐れさせていたからだ。だが城壁が少しでも崩れれば、シールは直ちに攻めてくる。お前はその城壁の一角に過ぎないのだ。一人で守れるほど国は狭くない。その意味が分かっているのか」
 ラストルは眉を寄せ、唇を噛む。膝の上で拳を握り、感情を抑えた。
「……我々はそのガラエルの子孫を倒したディシスの子孫です。何を恐れますか」
「最強と言われたガラエルの子孫はディシスという男に敗れた。その逆もあり得る。お前のような自分本位な者を先頭に立たせるわけにはいかない」
「自分本位とは……何を持ってそのような……」
「では、お前は何が目的だ。国のために自分が為そうとしていること、為すべきであると思うことを具体的に説明し、私を納得させてみなさい。そのくらいの話術も持たぬうちは、外交など言語道断だ」
 ラストルは目を伏せ、言葉を飲み込む。
 普段は何も言わない父が、ここまで語気を強めていることに戸惑っていたのは確かだった。
 物事を軽く考えていたことも確かである。今更シールがそう簡単にメイを攻めてくるはずがなく、表立って敵対しているわけでもないのだから、自分が足を運ぶことくらいにそれほど重い意味などないと思っていた。
 しかしこのまま黙っていてはトールの言うとおり、何の考えもなく軽率に発言をしたと認めることになる。ラストルは顔を上げ、再度トールに向き合った。
「……私は」心を落ち着かせ、静かに。「早く一人前になり、次期国王継承者として周囲や国民に認められ、あなたの力になりたいのです。じっと待っていてはいつまでも外に出ることができません。それは……ルミオルを見て、そう感じました。私も自ら道を見極め、在るべき姿を着実に形にしていきたいのです。今回のことは、その第一歩、そう考えております」
 ラストルの言葉に、誰もが聞き入った。感心と同時、疑いは晴れない。彼の主張は堅実であり、間違いもない。あれだけ目の敵にしていたルミオルを、罵ることなく引き合いにしたことも一同を驚かせていた。
 思っていたよりも強い決心と覚悟があるのでは――しかし、という気持ちは否定できない。今までのラストルの言動から、突然人を思いやる気持ちが生まれたとは考えにくかったのだ。
 トールも同じ気持ちだろう。じっとラストルを見つめたあと、表情を変えずに口を開いた。
「お前の言いたいことは分かった。だが、なぜ今だ? 魔女のことだけではなく、シールとの接触も避けられないこの件である必要性はあるのか? 次の機会まで待つことはできないのだろうか」
 それは追求されたくないことだった。ラストルは動揺を隠した。
 なぜ今なのか。それは、シオンを救うためだったのだ。
 もっと早くから行動を起こしておけばよかったと後悔したこともあった。下準備をしておけば、こうして疑われることなくシオンのために動くことができたのに。
 彼女を自分の力で救いたい。そして、実績を積むことでシオンと結ばれる日も近付く。ラストルにとってはこれ以上にない好機、そう信じていた。
 だが本当のことを話すことはできなかった。どう言えば信じてもらえるだろう。
 少し考え、ラストルは答えた。
「魔女のことも、シールのこともこだわりはありません。ただ私は、今、行動を起こしたいのです。次の機会にもお任せいただけるなら、喜んで従事しましょう。しかし、今を先延ばしにする理由は、どこにもありません」
 これでも頷いてもらえないのなら、また別の手段を考えようと、ラストルは腹を括ってトールの言葉を待った。
 誰もが緊張していた。ラストルのことも信じたい。しかし、安易に彼に任せるわけにはいかない。
 ラストルを制御できるのはトールしかいなかった。だから、トールに任せるしかなかった。


   

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