SHANTiROSE

HOLY MAZE-17





 四日ほど馬車に揺られ、ティシラとマルシオとロアの三人は無事にシールへ到着した。
 その間に、トールへ手紙を書いた。ルミオルから連絡があり、彼が心配していると教えられたからだった。
 トールが魔女の事件のことでティシラのことを思い出し、安全な場所にいるように念を押そうと、ウェンドーラの屋敷へ使いを寄越したのだった。しかし屋敷が留守だったため、不安になった。そこで都合よくルミオルが近くにいることを知っていたために、彼に尋ねてきたとのことだった。
 ルミオルはどこかへ出かけたとしか言わなかったらしいが、人を使ってわざわざ探し始めるかもしれないほど気にかけていたようで、そこまでされるのは困るということになった。
 心配してくれる気持ちはもちろん嬉しかった。しかし、今はそれを裏切る行為をとろうとしている。トールはラストルとティオ・シールのことで、一般人には分からないほど心身に重荷を背負っているだろう。きっと自分たちのしようとしていることは、彼の負担を更に重くすることだと思う。後に引けるものなら引きたいところだが、ティシラがそうはさせてくれなかった。
「……なあ、捕まっている魔族のことも、トールに任せたほうがいいんじゃないのか」
 マルシオがそう言ってみても、ティシラは譲らなかった。
「ダメよ。魔女がなんなのかを知らないのにどうやって助けるの? どうやって魔界へ帰すのよ」
「それは、お前が教えてやればいいじゃないか」
「ダメったらダメ。私が魔女の正体をすべて明かして、そのうえ、帰る方法まで教えたら人間に魔界への介入を許すことになる。魔族には魔族の世界があるの。トールもライザも友達だし信用してるけど、人種の違いの壁をなくすことはできない。もしあんたが私の立場だったらどう思う? 嫌でしょう? いい加減に分かってよ」
 確かに、マルシオにはティシラの言い分は理解できる。遠い昔から別の世界に生きてきた者同士、必要以上に内情を晒したくはないものである。必要な距離を置いているからこそうまく均衡が取れているのであり、その一角を崩すことは非常に危険なことでもある。
 そもそも、魔女の正体を明かすにはティシラが本物の魔女であることを証明する必要があった。そうでなければ何の説得力もないのだから。
 となると、やはりティシラの言うとおり、大事にならないように魔族を助けて、あとはすべてを謎に包んでしまったほうがいいのかもしれない。行方不明の人間が魔女の仕業でないのなら、そうしたほうが早く解決する可能性もある。
 理解はできる。しかし、うまくいくのだろうか。いかなかったとき、何が起きるのか、その不安は大きい。他に手はあるのなら教えてほしい――誰も教えてくれないなら、自分たちで考えるしかなかった。


 トールへは途中で泊まった宿から速達の手紙を使い、ティシラとマルシオの二人で、身を隠すためにどこか遠い所へ移動していると伝えた。居場所が決まったらまた連絡することになっているが、このまま嘘はついていられない。とりあえずはしらばっくれて、シールに着いてから事情を説明しようと考えていた。途中で言えば絶対に、どんな手を使っても止められると思ったからだった。
 移動中のため、トールからの返事は受け取れなかった。きっと、二人が「安全な場所」を確保するまでは気が気ではないだろう。そして、本当のことを知ったとき、どれだけのショックを受けることだろう。


 数日馬車に揺られ、シールが近付いてきたとき、ティシラがいつもと違う落ち着きのない態度を取っていた。何度も窓を覗き、空気の匂いを嗅いでいるような、おかしな表情を浮かべている。
「……なんか、変」
「どうした? 何か感じるのか?」
「だいぶシールに近付いてきたからあの魔族の魔力を探してるんだけど……何かが混ざり合ったような、変な匂いがする」
 マルシオが首を傾げながら、ティシラと同じように周囲の空気を探ってみた。確かに、重いような気がしなくもなかった。そんなに気になることなのだろうかと、マルシオが楽観的に思っていると、ロアも外を覗き始めた。
「湿気のせいではないですか」
 数時間前から空は雲っている。いつ雨が降ってもおかしくない天気だった。
「シールは雨が多いらしいです。そういう気候なのでしょう。なので水には困らないのですが、地盤が緩く、そのために施設が発達せずメイを超えることができない、という話も聞いたことがあります」
 ティシラはシールの発展については興味はなかった。だが、ロアの言葉にヒントを得ていた。
「湿気、湿気……そうだわ」顔を上げ、再び外の空気の匂いを嗅ぐ。「魔力が混ざってる。微量の魔力に湿気が混ざって、変なかんじがするんだわ」
「魔力って、魔族の?」と、マルシオ。
「違うわ。魔界のものに似ている。あの魔族の力は弱かったからここまで広がることはないはずだし、固体の出すものとは違うの。そうだ。ルミオルが言ってたわよね。シヴァリナの森には亀裂があるって。そこって、本当に魔界に繋がってるのかしら」
 ティシラはマルシオに目を合わせたが、彼が知ってるわけがないと思い、すぐにロアに目線を映した。彼女のあからさまな態度に傷ついたマルシオだったが、何も答えられないのが事実であり、大人しくロアの言葉を待った。
「……どうでしょう。実際に魔族が人間界にやってくることもあるわけですから、どこかで繋がっていてもおかしくはないと思います。かと言って、そこが二つの世界を繋ぐほど重要な役目を持っているとも限らないので……その亀裂についても、今はあまり関わらないほうがいいのではと、私は思うのですが」
「どうして?」
「魔女の事件に関しては、直接関係ないと思うからです。もしかしたら、その魔族は亀裂から迷いこんできたのかもしれませんが、魔女がどこから来たのかということは問題ではないでしょうから……」
 ロアに言われ、今は魔女の件に的を絞るべきだということを再確認した。亀裂のことも気になるが、捕らえられている魔族を助けるため、事を大きくするわけにはいかない。
「分かった」ティシラは窓から離れて。「じゃあ、魔族とまた話をしたいわ。今度は近いから、もっといろいろ聞けると思う」
 もちろん試す価値はある。それはマルシオもロアも同じ意見だった。そして、強い警戒が必要であるということも。
「シールに着いてからにしよう。意識を飛ばす間、お前は完全に無防備な状態になる。落ち着いた場所で、いつでも戻れるように準備してからがいい」
「そうですね。森の様子も少し探ってからがいいでしょう」
 二人はティシラの言うことを前向きに受け入れてくれているのだが、彼女にとっては窮屈な状態だった。何をするにも準備、警戒……何かあってもなんとかなる、そんな考え方のティシラには息苦しく、苛立ちだけが静かに積み重なっていくばかりであった。


*****



 次の日の日中のうちに、無事にシールの町に着いた三人は、馬引きに金銭を渡して宿を探した。やはり空は雲っている。
 シールはメイ続く大国といわれるだけあって華やかで活気に溢れていた。その明るい雰囲気は訪れる者の心を打つ。
 城へ続く大通りを中心に、大小さまざまな施設や店、住宅が立ち並んでいた。武装した軍人がちらほら見えるところは、ここが軍拡を続けていることを強調しているようで少々威圧感を抱く。メイにも軍人は当然いるのだが、平時に武装して町を歩くことは滅多になかった。
 それでもシールが平和であることには変わりなかった。それが表面だけなのかどうかまでは、ティシラとマルシオには分からない。ロアも地理に詳しいわけではない。目立たないところに宿を取り、地図を持ってこの国の環境を確認しておこうということになった。
 目立たない宿と言っても、あまりにも不便なところでは、この国の勝手を知らない一同は身動きが取りにくくなる。それに、どれくらい滞在することになるのかもまったく目処が立たないため、それなりに設備の整った宿を探した。
 一同は、一階のフロアに食堂があり、一部屋に二つの寝室がある都合のいい部屋を確保することができた。そこは四階建ての大きな宿だったが、金持ちから貧乏人まで、様々な人に合わせた部屋が用意してあり、人の入れ替わりが激しい。ここなら少々変わった人が出入りしていてもあまり気に留められない。ただ、魔女の事件が大きくなったときは、部外者への警戒が強くなることもあるだろう。そのことを留意し、一同はそこに腰を下ろした。
 三人はリビングに集まり、休む間もなく話を進めた。
「ラストルが着く前にシールに入れたのは幸運だったかもしれないな」
 ずっと馬車に揺られていた腰を伸ばしながら、マルシオがぼやくように言った。
 ラストルの具体的な様子は未だ明らかにならないが、思ったより時間がかかっているようだった。シール側に思惑があるのか、時間短縮の手段に協力をしなかったということになる。
 呼んでおきながらどうして、と言いたいところだが、シールからラストルを呼んだのかどうかは分からない。そうでなければ、メイ、もしくはラストルから行きたいということになったのか。そうだとしたら、どんな理由があるのか。
 考えたら限がないのだが、自分たちの目的は魔族を密かに魔界に帰すこと。国同士のやり取りには関わらないで済むなら関わるべきではない。マルシオは困惑した表情で深く椅子に腰を下ろした。
 ロアもソファに体を預け、できればこのまま眠りたそうな様子だった。その中で、ティシラだけが眉を吊り上げて大きな窓から曇った空を見上げている。
「ねえ、ここならいいでしょう? あの魔族は近くにいる。早く話がしたいわ」
 そうだった、と、二人は顔を上げた。疲れは隠せないが、ティシラとて長時間意識を体から離していられるわけではない。まずはできることからやるべきと、二人は重い腰を上げた。
「魔族が捕らえられているということは、何者かが森で見張っているでしょう。それが魔法使いである可能性は高いです。異物、つまりティシラの意識が侵入したことに気づかれないようにしなければいけません」
「分かったわ。気をつけるから……」
 遠くを見つめたまま目を閉じようとしたティシラを、マルシオが慌てて止める。
「落ち着けよ。まずは座って、体と心を楽にするんだ」
 肩を掴まれ、ティシラは力を抜いた。言われたとおりにソファに座り、「これでいい?」と呟く。隣にロアが座ってティシラの額の前に手を翳した。
「一緒には行けませんが、私も周囲を探ります。マルシオは私たちの体を見ていてください」
「あ、ああ」
「私は大丈夫ですが、もしティシラに異変を感じたら、すぐに呼び戻してください。絶対に気を緩めないで、よく見ていてくださいね」
 マルシオも気の動きは見ることはできる。ロアが傍にいるとまるで自分が無能に思えてしまう日々が続いた。ここで失敗は許されない。返事をするのを忘れ、気を引き締めた。
 ロアがティシラのまつげに触れるか触れないかのところで手をゆっくり揺らすと、ティシラは眠るように深いところへ落ちていった。それを確認し、ロアは自分も瞼を落とした。


 ティシラの意識はすぐに体を離れ、外へ飛び出した。
 空から町を見下ろす。空気は時化っているが、人々はめまぐるしく活動していた。
 一緒に飛ぶと言っていたロアの姿はない。彼は人間のため、気の種類が違う。きっと姿を持たぬ形で空のどこかにいるのだろう。
 ティシラの耳に雑音は聞こえてこなかった。もっと高くへ上がり、森の方向を探した。
 見えた。
 歩けば遠い位置に件の森が、確かにあった。肉眼では見えない靄のようなものが森を包んでいた。あれが、亀裂から漏れ出している魔力なのだろう。以前はかなり遠い場所から無理をして飛んできたため、意識は相当細くなっていた。そのためにこの魔力の靄に気づけなかったのだろう。今は、はっきりと見える。ティシラにとっては好都合だった。魔法使いの結界よりはずっと心地がいい。


 ティシラは森に向かった。下っ腹に力を入れると、あっという間に森が目前に広がる。よし、と思うと同時、目を見開いた。
 森の中がまるで牢獄のように見えたからだった。
 村と思しき開けた空間には、昼間からマントを頭から被り武装をした男がうろついている。彼らから憎悪や怒りのようなものは感じられなかった。しかしフードから見え隠れする瞳は鋭く、いつでも武器を振るえるように士気を高めている。
 これは欲望だ。そうティシラは思った。何かを守るため、奪うための士気ではない。誰かに言われるまま、従うためのそれ。そこの根底にあるものは、大抵が金や名誉である。きっとこの男たちは誰かに雇われ、暴力を代償に金品を手に入れる約束を交わしたのだろう。
 それだけならば、ただの悪人だと割り切ることができるのだが、今のティシラは意識がむき出しになっている状態である。男たちの醜く深い欲望に触れ、痛みを感じた。
 ティシラは顔を歪めながら、その場から逃げた。
(……ここで、何が起こっているの?)
 さすがの彼女も不安になった。弱い魔族たった一人がいるだけのはずなのに、どうしてここまで厳重に包囲されているのだろう。
(ここの住民は一体どこにいるのかしら……まさか、住民さえこの男たちに……)
 気になったが、今はそれよりも魔族を探さねばと集中した。
 ティシラは村を離れて森の深い場所へ進んだ。匂いがする。魔族の匂いかと思ったが、近付くほど違うと分かる。
 死の匂いだ。
 ティシラの背筋が寒くなった。死が、すぐそこにある。ティシラはその死の匂いを辿った。


 森の深く、土の中にそれは繋がっていた。地表に不自然なところはないが、よく見るとその自然さが不自然だと気づく。地下に空間がある。その入り口には意図的に石や草が被せられているのだ。もっと目を凝らすと、その影に気配を消した人間が二人、隠れていることも分かった。
 今のティシラに扉は必要なかった。匂いを辿り、地面に潜った。


 人が一人、身を屈めて通れるほどの通路があった。炎を燃やしたあとの煤が残っている。
 この奥に、「彼女」がいる。
 ティシラが確信を持って進むと、暗闇の中、その姿が見えた。彼女は衰弱し、傷だらけの姿で檻の中に横たわっていた。
(……酷い、どうしてこんな目に……)
 彼女、リジーの体には火傷の跡が目立っていた。リジーは蛾を媒体とする魔族。炎はとくに苦手なはず。彼女が受けた苦痛と恐怖は計り知れないものだろう。
 酷い。ティシラはその残酷な姿だけで涙が出そうだった。
(……起きて、起きて……聞こえる?)
 ティシラは声を発せないかわり、心で話しかけた。何度か耳元で囁いているうちに、リジーの指が動いた。
(ねえ、聞こえる? 大丈夫? 少しでいいから、話をさせて)
 ティシラが必死で訴えると、リジーは大きな瞳を揺らした。虹彩のない眼球は白く濁っており、虚ろで力がなかった。
「……誰?」リジーは弱い声で反応を見せた。「見えないの……視力を、奪われて」
 リジーの焦点が合っていなかった。ティシラはあまりにも哀れな彼女の状態に怒りを抱いた。しかし感情を堪え、平静を保った。
(声を出してはダメ。私はあなたと同じ魔族よ。体はここにないの。声を出さずに話して)
 リジーは状況を理解しようとしているらしく、必死で意識を起こそうとした。魔族がいる? すぐそこに? ティシラの言葉が信じられなかった。だけど、本当ならどれだけ嬉しいことか。
(……誰? 私を助けに来てくれたの?)
(私はティシラ。魔族よ。助けに来たの。あなたの名前は? どうしてこんな目に合っているの?)
(本当に、魔族なの? ああ、あなたはもしかして、あのとき私の声を聞いてくれた人なの? 来てくれたのね……私は、リジー。私は何もしていない。ただこの森に迷いこんだけ)
 リジーは感極まって涙を流した。地獄の毎日の中、光が見えた。そう思った。
(村の人たちはいい人ばかりで、私に優しくしてくれた。だけど、ある日、知らない魔法使いが私を見つけたの。ここには村の人しかいないと思って気が緩んでた私は、理由もなく、その男に捕らえられてしまった……)
 男、アジェルは突然血相を変えてリジーを攻撃した。本来魔族は人間の恐怖の対象なのだが、低級な魔族であるリジーはアジェルの退魔の魔法にすぐに屈してしまった。それが地獄の始まりだった。
(その男は……死体を、人間の女性の死体を持ってた。この地下の奥で腐っている死体は、あの男の仕業なの。私じゃないの……)
 死体――ティシラは蒼白し、周囲を見回した。漂っていた死臭は、確かにここから流れているものだった。少し浮いて移動すると、確かに隅に二つの死体が転がされていた。肉はほとんど腐れ落ち、顔を判断できる状態ではなかった。ティシラはリジーの元へ戻って、話を続ける。
(どうしてあの人たちは殺されたの?)
(分からない……あの男は私のせいにしようとしてる。そのために、私を閉じ込めているの)
(どういうこと?)
(数日前、私はこの牢獄から引きずり出され、ある人に会わされた……誰かは分からない。でも、きっとこの世界で力のある人なんだと思う。そのときから視力を奪われていたから顔は見ていない。名前も知らない……)


 カーグがアジェルに森へ連れてこられたときのことだった。
 リジーは彼の前に差し出された。目が見えないため、何が起こっているのかも分からなかったが、リジーにアジェルがいつもの質問を投げかけてきた。
「貴様が人間をさらって殺したんだろう」
 リジーは何があっても認めるわけにはいかないと、必死で抵抗し続けた。
「違う……私じゃない。あなたよ。あなたが殺したの」
 アジェルの皮肉な笑いが聞こえた。
「村人を洗脳したな。貴様は何が目的だ。そうやって人間に感染を広めて滅ぼすのが狙いだったのか?」
「……違う! 人間のことなんか、何も知らない。私は森が好きだっただけ。あなたは死体を隠すために森へ来たのよ。そこに私がいたから、全部私がやったことにしようとしているのでしょう。そのために、村人までも巻き込んで、酷いことをしているんでしょう。この、卑怯者……」
 リジーは涙を流して訴えた。しかし返ってくるのは、アジェルの見下した声ばかりだった。
「狡賢い魔族だ。恐ろしい……」アジェルはカーグに向き合い。「どうですか、これが魔族です。自分がなぜここに居たのか、どうやってここへ来たのかを証明もせず、ただ違う違うと叫ぶばかり」
 カーグはリジーを見ても表情を変えなかった。ふと目を細めて。
「……お前がこの森へ来た理由は、何だったかな」
 アジェルは笑みを消した。
「私は、魔女について調べるために旅をしていたんです。そこで、この森から魔力を感じ、足を運びました。私の勘が当たり、この魔女がいたのです」
 カーグは返事をせず、涙を流すリジーを見つめたままだった。会話を聞いていたリジーは悔しそうに拳を握る。
「……嘘よ」
「黙れ、悪しき魔女め」アジェルは語気を強める。「私が気づいたからよかったものの、どこまで毒を振り撒くつもりだったのだ。これ以上の犠牲者は出させんからな」
「嘘つき、嘘つき……」
 リジーは力なく呟き続けた。その様子は脆弱で、カーグには人間を支配しようという野心があるようには見えなかった。
「アジェル、この魔女はお前を嘘つきと言っている。お前は、魔女のほうが嘘つきだと言うわけなのだな」
「当然です。陛下、まさかこのような邪悪な者のいうことを信用されるわけでは……」
「分からん」カーグははっきりと言い切った。「どっちが本当のことを言っているのか、判断することができない。アジェル、お前はそれが目的なのではあるまいな」
「な、何を……」
「証拠のない水掛け論に私を巻き込み、迷いを持たせるつもりなのではないのか」
 アジェルの顔色が変わる。ここで焦って感情をむき出しにするわけにはいかないと、声を落とした。
「……それこそが魔女の常套手段です。人の心に付け込み、惑わす。陛下は今魔女が目の前にいるから迷われていらっしゃるのではないでしょうか。どうか、冷静なご判断を……」
 カーグが泣き伏せるリジーを見つめていると、これ以上は危険だとアジェルが言い出し、手下にリジーを連れていくように命じた。手下は従い、カーグの視界からリジーを連れ去っていった。


   

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