SHANTiROSE

HOLY MAZE-36






 ティオ・シールの王の城の扉が開いた。
 今までもざわついていた観衆が更に大きな歓声を上げる。城門へ続く道に並んだ音楽隊が華々しい曲を奏で、打ち上げられた花吹雪が周囲を彩った。
 曇りの多い土地ではあるが、本日は晴天だった。青い空を雲が形を変えながら流れゆき、二つの国の国王と王子を明るく照らし出していた。
 二人の正装姿は誰の目にも輝かしく映った。貫録あるカーグの青いマントと、若く華のあるラストルの赤いマントが対象的で誰の目をも釘づけにした。二人はお互いに、そのあと群衆に向かって挨拶を行い、用意されていた黒い馬車に乗りこむ。飾り立てた馬車は屋根を開けたまま、人々に見守られながらゆっくりと発車した。
 城門を過ぎると前方に座していた従者が手動でハンドルを回し、屋根を閉じていく。二人がどこへ向かうかは新聞で公表されており、彼らを見送る観衆はどこまでも終わらなかった。


 いつまでも騒ぎの収まらない城門前の観衆の中、深く被ったフードの中で涙を流す少女がいた。
 シオンだった。隣のフィズが困り顔で彼女の服の裾をしっかり握っている。
「シーちゃん、なんで泣いてるの?」
「元気そうでよかった、って思って……」
 シオンは涙を拭いながら心配してくれるフィズに笑顔を向けた。
「それに」再び顔を上げ、ラストルの消えたほうを見つめる。「こうして見ると、やっぱり遠い人なんだって感じて、悲しくなっちゃった」
 そう呟くと、また涙が零れた。
 フィズはそんなシオンを見ていられず、強く裾を引き、人ごみを掻き分けて観衆の群れから連れ出した。
 人々の背後を速足で進み、城壁の日陰に移動すし、木陰で新聞を読んでいたアミネスに手を振った。彼は二人の姿を見つけて、預かっていたニルの入った鳥かごを下げて歩み寄ってきた。
 予感はしていたが、フードの中でシオンが泣いているのが分かった。アミネスは面白くなかったが、気持ちを隠して新聞を差し出した。
「ほら、お王子様の今日の行先が書いてあるぜ」
 シオンが受け取り、ラストルのことばかり書いてある一面を見つめる。隣からフィズも覗き込んだ。
「シーちゃん、どうするの? 王子様を追いかける?」
 シオンはしばらく考えていたが、首を横に振った。
「ううん……一時的に外出してるだけだし、ここで待ちたい」
「ここにずっとはいられないだろ」
「うん……」
 妙に冷たい口調のアミネスをフィズが肘で小突いた。
「お城の壁の向うでもいいの。私はここで待つから、二人は宿に戻ってて」
「一人で待っててどうするの?」
「分からない。でも、何か機会があるかもしれないから……」
「機会ってなんだよ」アミネスはまた語気を強める。「シオン、何考えてるんだ。まさか城に侵入しようなんて思ってないだろうな」
 シオンは俯いて返事をしなかった。
「おい……」
 問い詰めようとするアミネスを、フィズが間に入って遮る。
「ねえ、こんなところで言い合ってたら怪しまれちゃうよ」庭の奥を指さし。「あっちに行こう」
 そう言ってフィズはシオンの手を引いて駆けて行った。アミネスは溜息をつき、仕方なさそうに後を追った。


 三人は庭の奥まで進み、突き当りの角を曲がって建物の影に身を潜める。本来はこんなに自由にうろつけるものではなかったが、先ほど王と国賓が出かけたばかりで一部の警備が手薄になっていた。
 いつまでもここに居られるわけではないのは分かっていた。シオンはどうしても城の中に入りたかった。何かいい手はないかと考えていると、裏庭の奥に人影を見つける。
 一人の中年女性が洗濯物を干していた。三人は少し近づいたあと、見つからないように木陰に隠れて様子を見た。
 女性は雇われた女中のようで、濃い緑の制服を着ている。右の襟には関係者の印であるバッヂが着いていた。白いシャツが大量に風に揺れている。
 息を潜めるシオンとアミネスの傍で、フィズだけは目を見開いて女性を凝視していた。
「おい、離れよう」アミネスが小声で。「ヘタしたら通報され……」
 足を引いて立ち去ろうとしたとき、フィズが突然お腹を抱えてうめき声をあげた。
「ううー……!」
「どうしたの、フィズ」
「痛い、お腹が痛い……!」
 フィズは地面に転がり、大きな声を上げる。フィズも気がかりだが、これでは完全に女性に見つかる。アミネスはフィズを抱えて逃げようかと考えたが、遅かった。
「誰?」
 顔を上げると、女性が手を止めて三人に目線を投げていた。
 やばい、と思う暇もなくフィズは更に苦しみ、大きな声を上げる。
「痛い、痛いよ! お腹が痛い、助けて!」
 只ならぬ少女の悲鳴に、女性は急いで駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「あ、あの……」アミネスは口ごもりながら。「妹が、突然、苦しみだして……」
 汗を流しながら地面をのたうちまわっているフィズを、女性はさっと抱え上げた。
「大変! とりあえずこっちへ。休ませないと……」
 女性は有無を言わせず、洗濯ものもそのままに、城の裏口に向かった。


 そうして三人はあっさりと城の中に入ることができた。
 そこは従業員専用の出入り口で、狭い倉庫のような一室だった。棚やテーブル、ロッカーが所狭しと並んでいる。外への扉の隣には古くて大きな洗濯機があり、周辺には従業員の制服が積み上げられていた。
 女性は端々のほころんだソファの上の荷物を床に落とし、フィズをそこに寝かせる。
「一体どうしたの?」
 女性が優しく声をかけると、フィズは苦しそうに答えた。
「急にお腹が痛くなって……」
 女性はシオンとアミネスに顔を向けて尋ねる。
「何か、気になるようなものは食べた?」
 アミネスは緊張しながら首を横に振った。
「い、いいえ。とくに変わったものは……」
「そう。じゃあ何が原因なのかしら」
 女性がフィズの頭を撫でていると、シオンが一歩近寄った。
「あの、私たち、長旅をしてて……もしかして、疲れが出たのかも」
「食べ過ぎたとか、そういうことはない?」
「いいえ。私たちと同じ食事をしていますし、昨日は早く寝ましたから、思い当たるものは何も……」
「じゃああなたの言うとおり、疲れがたまっているのかもしれないわね」
 女性はロッカーに移動して中を探り、小さな箱を持って戻ってきた。
「休めばよくなるかもしれないわ。痛み止めの薬を飲んでおいて。強い薬じゃないから大丈夫よ。もし長引くようだったらお医者さんに診せないとね」
 言いながら、テーブルのコップを持って、部屋の奥の水道から水を汲んでくる。箱の中から錠剤を取り出し、唸るフィズを抱き上げ、手渡した。フィズは錠剤を口に含み、グビグビと水を飲み干し、ふーっと深呼吸した。
「おばちゃん、ありがとう」
 フィズが大きな声で言うと、女性はにっこりとほほ笑む。
 その姿は本当の母親のようだった。シオンとアミネスはキリスを思い出し、目線を落とした。


「――故郷に、この子くらいの娘がいるの」
 女性は穏やかな笑顔で語った。
「夫は病死してしまっていて、娘は私だけが頼りなの」
「どこからいらしてるんですか?」
 シオンとアミネスも床に腰を降ろし、フィズが落ち着くのを待つことにした。
「ミーガンという町よ。小さいから知らないでしょう」
「ミーガン? 知ってます」アミネスが背を伸ばした。「俺たち、旅芸人で、あちこちを旅してたんです。そのとき、立ち寄ったことがあります」
「そうだわ。思い出した。小さな町だけど、みんな私たちによくしてくれました」
「そうなの? こんなところで私の町を知ってる人に会えるなんて、嬉しいわ」
「でも、どうしてこんな遠いところで働いてるんですか?」
「普段は近所で働いているわ。娘とはいつも一緒よ。でも、今回、この国で大きな祭事があるからって、短期の仕事の話が入ってきたの」
 募集はあちこちにかけられていた。仕事の早さと正確さが求められ、数日間の住込みが条件だったため、近隣だけでは集まらなかったのだった。
「短期間でいつもの何倍もお給料をもらえるから、娘にはよく話して納得してもらって、ここに来ているの」
 シオンとアミネスは母親の強さに感心する。女性の心温まる話にすっかり骨抜きにされていた。
「フィズちゃん、大丈夫?」
 女性が寝ているフィズの肩を撫でると、彼女は上半身を起こして拳を握った。
「もう大丈夫。おばちゃんのおかげで、すっかり治ったよ」
「よかった」
 我に返ったアミネスは慌てて立ち上がる。
「あっ、ごめんなさい。仕事の邪魔をしてしまって」
「いいのよ。忙しい中、故郷の話ができて私も疲れが取れたわ」
「何から何まで、ありがとうございます。ミーガンの人は、誰も優しい人ばかりなんですね」
「まだ旅を続けるのなら、気を付けてね。子供は体調を崩しやすいから」
 シオンも腰を上げてお礼をと思っていると、ソファから、フィズが何度も目を瞬かせていた。シオンはすぐに理解できなかったが、目線だけ動かして室内を見回した。
 ここには、城内で働く従業員の制服が山ほどある。シオンの中で、優しい女性を目の前にして強い罪悪感が生じた。
 女性は戸を開けて庭を覗く。
「ここに入ったことは内緒にしてね」
 人差し指を口に当てる女性に、一同は何度も頷く。
 先に出るフィズとアミネスの後ろで、シオンは床に落ちていた雑巾を踏んで尻もちをついた。
 その一瞬で、布をかけたニルの鳥かごに、シオンは一枚の制服を詰め込んだ。
 皆が振り返るとほとんど同時、シオンは苦笑いを浮かべてすぐに立ち上がった。
「大丈夫よ。ごめんなさい……」
 一同は外に出て、女性に何度もお礼を言った。
「それじゃ、これで……」
 さよなら、とは言わず、女性は手を振って三人を見送った。


 再び庭に戻った三人はまた壁の角で足を止める。
「フィズ、腹は平気なのか?」
「うん。何ともないよ」
「何ともない?」
 ――やっぱり。
 シオンはフィズの意図が分かった。
「フィズ……今の、演技だったのね」
 シオンが言うと、アミネスはえっと短い声を上げる。フィズは素知らぬ顔で返事をしなかった。
「どういうことだよ。演技って」
「あのおばさんは、絶対いい人だって思ったの。私の目に狂いはなかったわ」
「何の話だよ」
 シオンは黙って鳥かごを二人の前に出し、そっと布をめくって見せた。
 その中には、緑色の制服が詰め込まれ、隅に追いやられたニルが目を真ん丸にしていた。
 青ざめるアミネスに反して、フィズは明るい笑顔を見せる。
「シーちゃん、よくやったわ」
「よくやったじゃないだろ。何やってんだよ」
 シオンは胸の苦しみを抑え、ぎこちない笑みを浮かべた。
「二人とも、聞いて……彼女の襟には、関係者の証明であるバッヂがあったけど、室内の洗濯物からは、ほとんど外されていたの。大事なものだから別のところに保管してあるんだと思う」
 途端、フィズは「ええ」と悲しい声を漏らす。
「でも、見て」
 シオンはかごの入り口から手を入れ、制服の一部を引っ張り出した。その制服には、胸のところにバッヂがついていたのだ。
「きっと誰かが間違えて、襟じゃなくて胸につけていたのよ。それに気づかず、これだけ、外されていなかったの」
 だから、つい持ち出してしまった。シオンに後悔はなかった。
「……だったら、何だよ」
 アミネスはかっとなり、シオンの肩を掴む。
「あのおばさんの厚意を利用したのか?」
「アーちゃん、やめてよ」
「フィズも同じだ」フィズを睨みつけ。「演技だって? おばさんがいい人だから、騙したって、何なんだよ!」
 フィズは唇を噛んで俯いた。
「ごめん、アミネス。私が悪いの。フィズを責めないで」
「シオン、お前どうしたんだよ……そんなことまでして、どうして……」
 言葉を失うアミネスに、シオンは無情に手を振り払った。
「……言ったじゃない。私は何を捨てても……いいえ、家族に捨てられても、夢をかなえたいって」
「シオン……」
「どうなってもいいの。お願い。邪魔しないで」シオンの瞳が震え、濡れていく。「理解してくれるって言ったから、一緒にいるの。でも、そうやって私を正そうとするなら、私は、またあなたたちから、逃げなくちゃいけなくなる」
 アミネスの中に悔しさがこみ上げる。シオンは自分が間違っていることは百も承知ということ。いくら良心に呼びかけても、届かない。
「……理解してるよ。してる。でも」
 他のことならいくらでも協力して、守っていきたかった。だがシオンは「王子様」を盲目に追いかけて行こうとしている。応援できるものではなかった。理由は一つ。
「シオン……俺は、お前のことが……」
「アーちゃん、黙って!」
 フィズは、アミネスの言おうとしていたことを知ってか知らずか、突然涙を零した。
「シーちゃんの言うとおりだよ。私たちは無理やり連れ戻すためにここにいるんじゃないでしょ。協力するって言ったじゃない」
「でも、シオンに何かあったらどうするつもりだ」
「シーちゃんはそれでもいいって言ってるでしょう」
「王子様のことだけじゃない。見つかったら逮捕されるかもしれないんだぞ。今なら、魔女の疑いがかけられて、どんな目に遭うか……」
「そのときは、私のせいにすればいい!」
 フィズは大粒の涙を流し、必死で訴えかけた。
「もしシーちゃんが死んだら、私のせいにすればいいじゃない。私が止めなかったから、こんなことになったんだって。それで、みんなが私に死ねって言うなら、いくらでも死んであげるから!」
「フィズ、何言ってるんだよ」
「それでいいでしょ」フィズはシオンの手を掴み。「シーちゃん、行って。おばさんが洗濯終わったら、その制服を着てこっそり中に入っていくの。そしたら王子様に近づけるチャンスがあるよ」
 シオンは腰を折り、フィズを抱きしめる。
「フィズ、ありがとう。でも、あなたのせいなんかじゃないからね。ありがとう、大好きよ」
「シーちゃん、私も大好き。もしシーちゃんが死んだら私も後を追うから、心配しなくていいから」
 シオンはフィズの頭を撫で、涙を拭った。
「アミネス、ごめんなさい。あなたは正しいわ。あなたの言うとおりにすべきなんだと思う。でも、真面目で仲間思いのシオンは、ここにはいないの。私は、あなたが守ってあげるべき女じゃないの」
 シオンはアミネスの目を見つめ、言い切った。アミネスは「鈍いナイフ」ではなく、鋭い剣で体を真っ二つにされたような衝撃を受け、気が遠くなった。


 シオンは木陰に隠れて素早く制服に着替えた。バッヂを襟につけ直し、細いリボンで長い髪を一つにまとめる。いつも身に着けている、母の形見の短剣の存在を思い出した。今も専用の皮のケースに入れて、服の下の右の太ももに装着している。これは置いていくべきか悩んだが、シオンにとってはお守りのようなものだ。これと離れることは考えられなかった。
(……これで人を傷つけることはない)シオンはそっと短剣を指で撫で。(どうせ不法侵入なんだもの。見つかったら逃げればいいだけよ)
 上着と鳥かごをフィズに渡し、息を吐いて気を強く持った。
「そうだ、シーちゃん、これ」
 フィズはポケットから黒縁のメガネを取り出した。
「変装だよ。シーちゃんは美人だから、そのままだと目立っちゃう」
 シオンは微笑んで、受け取った。
「フィズは何でも持ってるのね」
「そうだよ。ここにはチョコもキャンディも入ってるの。魔法のポケットだから」
 こんな他愛ないやり取りも、最後になるかもしれない。
 シオンは大事な妹を心から愛おしく思い、頬を撫でた。
 アミネスは離れた植木の影に座り込んで暗い顔をしていた。シオンが振り返ると、植木から彼の頭が見える。少しでも長く居たいと思うが、今は何も言ってあげることができず、このまま行くと決意した。
 シオンが身を屈めて先ほどの裏口に近づいた。フィズもあとを着いてくる。
「フィズ、アミネスの傍にいてあげてね」
「うん」
「ニルの世話もお願いね。もし飼い主を名乗る魔法使いが来たら……その人に返してあげて」
「うん、分かったわ。任せて」
 シオンが裏庭を覗くと、干された制服が何倍にも増えていた。それに隠れて女性の姿は見えなかったが、奥のほうで布を叩く音が聞こえる。
「シーちゃん、終わるのを待つより、今行ったほうがいいかもよ」
「そうね。今なら裏口も開いてるだろうし……」
 シオンが庭の奥に意識を集中し、僅かに腰を上げる。すると、フィズが服の裾を握った。
「シーちゃん……待ってるからね」
 シオンはもう泣かなかった。うんと頷き、木陰から飛び出した。洗濯物の音が遠くにあることを確認しながら、戸に耳をつける。中は無音で、人はいないようだ。
 見守るフィズの視界から、シオンはいなくなった。


 服とかごを持って、フィズはアミネスのところに戻った。落ち込んだままの彼の隣に座り、しばらく沈黙が続く。
「……シーちゃん、行っちゃったよ」
 アミネスはぼんやりしたままだった。
「アーちゃん、かっこ悪いね」
 深く傷ついていたアミネスは、更に傷口を抉られる。頭を抱え、完全にいじけてしまった。
「……相手は王子様だぜ。どうやったって俺のほうがかっこよくなるわけがない」
「でも、王子様よりアーちゃんのほうが好きっていう人も、きっといるでしょ」
「いるわけないだろ」はは、と乾いた笑いを零す。「あれだけ傍にいて、シオンのこと一生懸命考えて、あいつのためなら死んでもいいってくらい好きなのに……あんなにきっぱり拒絶されたんだ。強い思いなんて、何の役にも立たないんだな」
 弱音を吐きだすアミネスに、フィズは大人のように呆れた溜息をつく。
「じゃあアーちゃんはシーちゃんを諦めるの?」
「諦めるも何も、相手にされてないんだ。箸にも棒にも引っかからないものをどうしろってんだよ」
「待ってみたら?」
 アミネスは少し顔を上げた。
「私はシーちゃんの幸せを願っているの。だから協力したの。私はシーちゃんが幸せになるなら相手は誰だっていい。王子様でも、アーちゃんでもいい。でも今アーちゃんが無理やり王子様から引き離そうとしても嫌われるだけだと思うの。もしアーちゃんにチャンスがあるとしたら、もう少し先なんじゃないかなあ?」
 アミネスはフィズを横目で見つめる。自分よりいくらも幼い彼女に説教される自分が情けなく感じると同時、次第に心が軽くなっていくのが分かった。
「なあ、シオンは、俺の気持ちに気づいていると思うか?」
 フィズも横目でアミネスを見つめ返し、首を横に振った。
「シーちゃんは鈍感だもん。気付いてないよ」
「本当か?」アミネスは思わず身を乗り出した。「じゃあもしかして俺、振られたわけじゃないのか?」
「さー、分かんない」
「なんだよ、いきなり薄情になるなよ」
 アミネスはまたがっくり頭を垂れたが、どうも元気を取り戻しているようだと感じ、フィズは安心した。
「俺ってほんとバカだ。いじけて、僻んで、これから戦地に向かうシオンを見送りもしないなんて……」
「平気よ。シーちゃんはちゃんと分かってるから……アーちゃんが間違ったことは嫌いだってこと」
「フィズ、ありがとな……俺、待つよ。気が気じゃないけど、シオンは戻ってくるって信じて、ずっと待つからな」
 置いていかれ、待つしかできない二人を慰めるように、緩やかな風が通り過ぎていった。フィズは木漏れ日に目を顰め、ふっと空を仰いだ。アミネスも同じようにしていると、フィズは思い出したようにポケットを探る。
「そうだ。アーちゃん、見て」
 フィズは凝った絵の描かれた数十枚のカードを取り出して見せた。
「私たちの未来、占ってみようか」
 アミネスは「またか」と思いつつ、いい結果が出ることを願った。フィズは得意げにカードを切り、うーんと唸ったあと、一枚を抜き出した。
 フィズは引いたカードを見つめ、表情を固まらせた。すぐには答えない彼女に、アミネスが横から覗いてくる。
 そこにあったのは「死」を意味するカードだった。
 仮面を被った馬に跨った人物には骨も皮もない。全身が骸骨で、手に大きな釜を持っている。どう見ても不吉なものだった。
「なんだよこれ」
 アミネスが眉を潜めて嫌な顔をする。
「これはね」フィズは言い難そうに口ごもる。「し、死神、だけど……」
「死神?」アミネスはカードを取り上げ。「うわっ、なんだよこれ、棺桶か?」
 死神の足元には棺桶に入った遺体があった。その頭には王冠が描かれている。
「いいカードじゃないけど、これには再生の意味があるの」フィズは慌てて言い訳を始めた。「ほら、背景に日が昇ってるでしょ? これは、一つのことが終わって新しいことが始まるって暗示なの」
 フィズの言うとおり、地平線には太陽が顔を覗かせている。
「つまり、これは、悪いこともあるかもしれないけど、最後はいい結果が出るって意味なのよ」
 占いに興味のないアミネスでも、フィズが無理やりな解釈をしているのは分かった。はいはいと言いながらカードを突き返す。
「どうでもいいよ。どうせフィズの占いなんて当たらないんだし」
 フィズは頬を膨らませてアミネスを睨み付けた。言い返したいが、この占いは当たって欲しくなく、反論はしなかった。





   

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