SHANTiROSE

HOLY MAZE-47






 ティオ・メイ城下町が朝を向かえ、人々が寝床から起き出していた。
 仕事に出掛ける人、家族に朝食を用意する人、店の掃除や仕入れで体を動かす人などがいつもと同じように一日の準備を始めている。
 そんな見慣れた町を他人事のように眺めながら歩く者がいた。昨夜、約束通りロアと連絡を取り、魔法でここに移動してきていたルミオルだった。
 ルミオルは知った者に見つからないよう、フード付きのローブを羽織り、その下に剣を装着という姿で、誰も彼が王子だと気づく者はいない。


 ルミオルがティオ・メイに着いたときは、仕事帰りの大人たちが繁華街で遅めの夕食をしている時間だった。そんな中、彼は居酒屋グレン・ターナーに向かった。店は開いていたが、噂のとおり武芸団エルゼロスタは休業中という看板が立っており、そのせいか客はまばらで繁盛しているとは言い難い状態だった。ルミオルは店に入って酒を頼み、近くにいた一人飲みをしていた中年男性に声をかけた。
 ルミオルは旅人を装い、ここでは一流の芸が見れると聞いたが、どういったわけで休業しているのかを尋ねる。男性は酔いが回っており、乱暴な口調で答えた。
「さあな。数日前、急にそうなったんだ……ああそうだ。確か王子様が初公務だとかで、どうでもいい報道で女どもが浮かれ始めた頃かな」
「女性たちの理想の王子様」であるラストルの話題は、男たちには面白くないようだ。
 エルゼロスタの芸が好きな人もいれば、個人のファンも多く、突然の休業を不満に思う者は少なくなかった。しかし理由や再開の目途を聞いても、対応するのは居酒屋の店員のみので「分からない」の一点張り。エルゼロスタの団長も誰も、人前に顔を出さなかった。当然、いろんな噂が飛び交った。誹謗中傷もある中、まだ日にちがそれほど経っていないこともあり、様子を見ている者がほとんどだということをルミオルは感じ取った。
 ルミオルは店を出て大通りから目線を上げた。
 道の先にそびえ立つ美しい城がこの町を、国を、巨大な瞳で見下ろしている。
 その大きさを怖いとは思ったことはなかった。当然である。誰よりも高い位置から威嚇するように両手を広げて鎮座するそれが持つ剣と盾が、国を守るためであることをルミオルはよく知っているのだから。
 寂しいと思ったことはない。恋しいと思ったこともない。ルミオルはあの高い場所が自分の「帰る場所」だと分かっているのだから。
 ティオ・メイは神の加護を戴いた世界で最大の国である。この牙城を崩すことなど、誰にもできない。そう誰もが信じていた。ルミオルも目に見えないものに守られているような感覚はあった。しかしそれが「神」なのかどうかはよく分からないと思う。実際に人や国を守っているものは人の力である。神の加護があるかないかで積み上げてきた力が失われるものなのかどうか、懐疑心を拭えない。
 強大な城を一人の人間に例えたイメージを抱く。それは生まれついて恵まれた体を持ち、屈強な肉体を最新で最強の鎧で包んでいる。男は手に経験豊富な剣を持ち、闘争心むき出しの馬にまたがる。その周りには彼を心酔し、尊敬する訓練を受けた兵士が囲んでいる。そんな男がいつ敗北すると言うのだろう。誰が彼の心臓を貫くことができるのだろう。
 だけど、とルミオルは思う。人を殺すのは、とても簡単だ。
 最強の男とて、体の内側を防御することはできないのだ。ルミオルには男が鎧の中で苦痛で顔を歪め、血を吐き倒れる姿が想像できた。男は無傷のまま、あっという間に息絶える。王を失った兵や民は何もできないまま途方に暮れる。
 なんてあっけない。悲壮感も何もなく、すぐに男はただの記憶となり、空虚の世界にだけ存在することになる。そのあと世界がどうなるかなど、知ることもなく。
 そんなことを考えていると、胸元の水晶のネックレスが熱を帯びた。ロアからの連絡だった。
 話は、ティシラがラストルを力尽くで屈服させたというものだった。ルミオルは驚く、というより、イマイチ現実味のない話に乾いた笑いを漏らした。
「……ティシラが兄上をレイプしたってことか?」
 遠慮なく直接的な言葉を使うルミオルに、ロアは一瞬戸惑った。
『ええ、まあ、そういうことにはなりますが……儀式みたいなものでしょう。そこはあまり追及しないほうが……』
 ロアはルミオルが何を考えているか分かり、言葉を濁す。
「なんだよそれ。羨ましいな」
 やはり、と彼の不謹慎な発言にため息が漏れる。
『バカなことを言わないでください。魔女に襲われ魂を抜かれたら自分の意志など失い、廃人となってしまうのですよ。そのあとは体が渇き続け、欲望が止まらず苦しみ抜き、長く生きることはできません』
「じゃあ兄上は死ぬのか?」
『いえ、ティシラは力を制御したらしいので、死には至らないかと』
「なんだ。それなら俺も……」
『この話はやめましょう』面倒になったロアは強引に話を変える。『とにかくもう魔女の事件は終わりそうです。ラストル様が帰還されたあとはどうなるか不明ですが。あなたはどうなさるんですか』
 それほど本気ではなかったルミオルもすぐに切り替え、再度城を見上げて、その更に向こうにある空に白い光が差し込み始めている風景を眺めた。
「本当に終わるのか?」
『……どういう意味でしょうか』
 ルミオルはどうしてもエルゼロスタの踊り子のことが頭から離れなかった。
「それはお前も感じているんじゃないのか? なんだっけ、歯車がどうとか。あれってさ、ティシラがやったこと……だとしたら、どう思う?」
 ロアは口を噤んだ。少し考え、首を横に振った。
『分りません。ラストル様のやろうとしていたことかもしれないですし』
「兄上は歯車とやらを壊すほど力は、まだ持ってないだろ」
 ルミオルは兄を見下しているのではない。ラストルに一番近い存在でありながら、城から離れ、王子という立場を捨てたうえで、今の国を外から見ているのだ。だからこそ、ロアは不安を煽られていく。
「ティシラだけじゃない。彼女以外にも、歯車に絡まった者がいるのかもしれない。そこから、亀裂が破壊に変わっていく……そんな未来はお前に見えていないか?」
『……何が仰りたいのでしょうか』
 少々不快感を示すロアの態度に、ルミオルは優越感を抱いて気分を良くした。
「なあ、ロア。自由っていいな」
 ロアは呆れて言葉を失った。
 そんな話をしているうちに、ティオ・メイの城は朝日を浴び、闇に刃向う支配者から光の祝福を受ける神の使いに色を変えていった。


 町が目覚め、皆が朝の挨拶を交わしている頃、世界に大きな衝撃が走った。
『ラストル王子、意識不明の重体』
 そう大きく印刷された新聞を持った配達員が大きな声を上げて町中を走り回った。誰もが驚かずにはいられなかった。
 少し眠くなってきていたルミオルも、当然例外ではない。人ごみを掻き分けて新聞を受け取り、紙面に釘づけになった。
 内容は、深夜にラストルが倒れ、瀕死の状態で応急処置を受けたが、未だ意識不明。早朝のうちに依送の魔法でティオ・メイに送られたところまで書いてあった。原因については調査中とあったが、魔女の仕業である可能性が高いことも記してある。
 メイだけではなく、もちろんシールにも同じものが配布されている。そして世界中にも、恐ろしいほどの速さで順次知らされていった。
 ルミオルはどこかで身構えていたため、そこまで驚かなかった。問題は、この情報の発信元がティオ・メイではなく、シールからであることだった。
 ラストルがすぐに依送されたことはトールの指示に間違いない。普通ならまだ回復の見込みがない状態の者を、あんな複雑な魔法を使って移動させるなど考えられないからだ。そして現在、既に城で保護しているのなら、時間に関わらずメイから状況説明するのがあるべき流れなのではないだろうか。
 ルミオルには「出し抜かれた」というイメージが拭えなかった。


「一体どういうつもりだ!」
 ルミオルと同じことを考えていたトールは、新聞を睨み付けて激怒していた。ディルマンは傍で青ざめている。
「陛下、ライザ様とサイネラ様、ダラフィン様をお呼びしてきます」
 ディルマンは一礼し、早足で立ち去った。
 トールはそれを見送り、奥歯を噛んだ。ラストルを受け取ってからまだ少ししか時間が経っていないというのに、こちらの許可も確認も取らず、独断で世界中に広めたカーグの身勝手さが理解できない。
 トールは気を静め、王室に戻ってすぐにカーグに連絡を繋いだ。カーグは分かっていたかのようにすぐに返事をした。
「カーグ、貴様、何を勝手なことをしているんだ」
『何を怒っている? 本当のことを報道したまでだ。何か問題があるのか?』
「ふざけるな。ラストルは保護し、治療と原因解明もこっちでやる。余計なことをするんじゃない」
『ふん、調子に乗るな』カーグは嘲笑を含め。『王子のことは私には問題ではない。そもそも魔女の事件の解決が私の使命だ。その権限は私にある』
「魔女だと? まだそんなことを言っているのか」
『ああ、魔女だ。ラストルは魔女にやられたんだよ』
「なんだって……」
 トールは言葉を失う。そういえばと思い、握りしめていた新聞を開く。そこには、「魔女」の文字があった。
『ラストルの体内から魔女の魔力が検出された』
 トールは目を見開き、再び新聞を握りつぶした。
『シールの優秀な魔法使いがその証拠を掴んだのだ。そして、その魔女も既に拘束済みだ』
「……拘束済みだって? 一体、誰を拘束したと?」
『トール……シェリアという娘を知っているか?』
 トールの脳裏にはティシラの顔が浮かんだ。同時、胸に痛みが走る。そしてなぜカーグが突然行動を起こしたのかも、即座に分かった。額から汗が流れ落ちる。
 ティシラの魔力がラストルの体内から出てきた。ということは、ティシラはラストルに魔術をかけたということだ。なぜティシラが解決すると自信を持っていたのかも分かった。短い時間に、たくさんのことがトールの頭の中を駆け巡った。
 動揺を必死で隠し、カーグの質問にどう答えるべきか考え、口を開く。
「知ってるよ。確か、ドゥーリオが身請けするといった娼婦だろう? 話は、聞いている」
『そう。その娘が、実は魔女だったのだよ』
 まずい。トールは明らかに自分が不利な状況であることを痛感し始めていた。
『ドゥーリオという魔法使いにも同行願いたかったんだがね、行方不明になってしまったよ。どういうことだろう? 彼は魔女の仲間だったのだろうか』
 ティシラがラストルに魔女の呪いをかけ、ドゥーリオは逃げた。その事実はトールも逃げ出したくなるほど衝撃的だった。ドゥーリオに事情を聞く暇もなく、トールはここでどう答えるべきか苦悩する。
「いや……ドゥーリオはそんな男じゃない。私が保障する。なぜ逃げたのかは、彼に話を聞かなければ分からない」
『そうか』カーグは優位に立ったことを確信していた。『では、シェリアが魔女だと、貴様は知らなかったのだな?』
「ああ、当然だ。だが、何を証拠にその少女が魔女だと言っているんだ」
『証拠はある。魔法使いが魔女に侵された王子の血液を持っている。そちらでも調べてみるがいい。同じものが見れるだろう』
「分かった。それで、お前は魔女を捕えてどうするつもりなんだ」
『もちろん、裁き、処刑するに決まっているだろう』
 トールはつい「待て」と口をついて出そうになる。だが「シェリア」を庇うような態度を取るわけにはいかなかった。胸に手を当て、呼吸を整えた。
「……しかし、ラストルの致命傷になっているのは外傷のほうだ。魔女が刺したというのか?」
『それはまだ調査中だが、シェリアという魔女がラストルを呪いをかけ、操った。誰が王子を刺したとしても、魔女のせいでこんなことになったのは事実。それだけで十分、万死に値する大罪だ。そう思わないか?』
 シェリアがティシラではなければ、大事な息子をこんな目に遭わせた「魔女」を迷いなく憎んだだろうと、トールは思う。だが、ティシラは違う。確かにラストルは彼女に酷い仕打ちをした。ティシラの怒りは積もっていることだろうと思う。そうだとしても、ティシラは節度を持った思慮深い女性だ。それはトールもよく知っている。
 何かの間違いだ。
 そう言いたかった。だが、言えなかった。
「……そうだな」
 カーグが水晶の向うで笑ったような気がした。
『賛同してくれて、よかったよ。ではすぐに裁判の準備を始める。証拠も手元にある。それほど待たせず、魔女をこの世から抹殺してやろう。だから貴様は息子の治療に専念するがいい』
 そう言って、カーグは通信を切った。
 トールは絶望を感じ、目の前が真っ暗になっていた。だが落ち込んでいる場合ではない。諦めるにも早すぎる。トールは後ろは向かず、新聞を投げ捨てて王室を出て行った。


 カーグはすぐに人を集め、魔女裁判の準備を進めるように指示を出していった。
 先ほどの会話で確信した。トールは「シェリア」を知っている。ドゥーリオが逃亡したのもその証拠の一つだ。ただ、刃傷沙汰になったのは予定外だったのだろう。刺したのは魔女ではないかもしれない。しかしそれを調べている時間はない。ラストルが意識を取り戻して真実を明かす前に行動しなければいけない。できることなら、このまま息を引き取って欲しいとカーグ願った。
 トールは魔女を処刑させたくないはず。小細工してくる前に実行に移せば必ずボロを出すだろう。もしトールが魔女を見殺しにしたとしてもこちらには何の損害もない。それはそれで、王子が魔女に致命傷を負わされただけでなにもできなかったトールが恥をかくだけなのだ。
 気になるのは、ラストルを刺した犯人だった。魔女がやったのならそれでいいが、他に何かの目的で彼を襲った者がいて、名乗り出てきてこられては困る。カーグはトールに隙を与えまいと事を急いだ。


 ラストル意識不明の報道に人々がどよめいて、仕事も手に着かないようなうちに、新たな報道が世界を走り抜けた。
 ラストルを襲ったのが正真正銘の魔女であるという内容だった。
 その証拠もあり、今日中に裁判を行うことが発表された。新聞の一面には、聖なる結界に閉じ込められて力なく倒れているティシラの写真が掲載されている。隣にはラストルの血液が入った小瓶の写真もあり、魔女と同じ魔力が検出されたことも説明されていた。
 トールにはカーグの考えが読めていた。
 このままではティシラが公開処刑されてしまう。
 トールは新聞を持って治療室へ向かった。ライザの隣で膝をつき、ベッドで静かに呼吸だけをしているラストルの手を握った。話したいことも、訊きたいことも、たくさんある。早く目覚めてくれと祈るしかできなかった。
 しかし、担当医は残酷な現実を告げる。
 傷は塞がっているが、いつ事切れてもおかしくない状況だと。


 サイネラを探していたディルマンだったが、心当たりの場所に行っても見つからなかった。魔法使いは時々姿をくらますとはいえ、この緊急時、悠長なことは言っていられない。魔法使いが好む薄暗い水晶の壁の部屋かもしれない。だがそこは北側の遠い場所。その前に、ダラフィンのいそうな城門へ向かった。
 どこを通っても、皆、新聞を手にしていてざわざわと落ち着かない様子だった。城門前には報道関係者が詰めかけており、どういうことだ、何が起きているのかと騒いでいる。平時は野暮で下衆な噂を広めて喜んでいる彼らを好きにはなれないが、今回ばかりはこの対応の遅さを責められて当然だと思う。何よりも、王子の容態に関しては、王室側から知らせる必要がある。国民からすれば逐一報告してくれてもいいと思うほどの感心事なのだから。
 心苦しさを感じながらダラフィンの姿を探していると、何やら違う騒ぎ声が聞こえてきた。ディルマンは城を出て、兵がまばらに集まっていた庭から遠くへ目線を投げた。


 城下町から城へ続く一本道を、馬が一頭、駆け抜けていった。
 それにはローブを羽織った青年が剣を片手に跨っていた。
 魔女拘束の新聞を見て胸騒ぎを抑えられなくなったルミオルが、近くの小屋に繋いであった馬を無断で借りて城に向かっていたのだ。ロアに相談する暇さえ惜しみ、城門前に人だかりができていることも予想して、乱暴な手段をとっていた。
 ルミオルは新聞を手にしている人々を蹴散らすように走っていく。片手で手綱を操り、人をうまく避けながらも、邪魔な者がいたら「どけ」と怒声を浴びせる。
 人々に睨まれながら、城へ続く坂道に差しかかる。ここからは兵が相手だった。ルミオルはそれでも顔を見せず、自慢の剣を振り、城へ駆け上がっていく。
「何者だ! 止まれ!」
 城に近づくほど手練れが出てくることは知っている。ルミオルは不適に笑って、剣と馬で兵を蹴散らしながら進んでいった。
 城門まであと少し、というところで、よく知った大男が立ち塞がった。ダラフィンだ。
 彼とまともにやりあっても勝てるわけがない。それでも、ルミオルは止まらずに進んだ。
 ダラフィンは舌打ちし、兵たちに門前に集まっている報道陣や野次馬を避難させるよう命令し、直接「暴漢」を相手することにした。
 ダラフィンがそう判断したのは、違和感を抱いていたからだった。この状況の中、こんな派手な真似をする者が普通であるわけがないこと。敵意はないのに、顔を見せないこと。まるで城への道を熟知しているかのような身軽な動き――怪我一つ負わせずに捕えたい。そう思って、丁寧に彼を持て成すことにした。
 ダラフィンに真っ直ぐ向かってくる男は身を低くし、剣を引き、攻撃体制に入った。すぐに分かった。ダラフィンは男が勝てないと分かっていて挑んでいるのだと。なぜなら、フードの中で笑っていたからだ。
 剣がぶつかり合う、その直前、ダラフィンは反射的に切っ先の軌道をずらして彼の剣を避けた。
 男が何者か、分かった。顔を隠していても、幼い頃から成長を見守り、剣を教えたこともある人物だ。体型や動きだけではない。なぜ彼がこんなふざけた真似をしているのかも、すべて理解できた。ダラフィンは次から次へと起こる意外な出来事に頭がついていかない。だが、今できることは決まっていた。
 ルミオルは手綱を引いて馬を嘶かせ、固く閉じた門の前に移動するダラフィン目がけて走った。ダラフィンは両手で剣を構え、わざと外して振り下ろした。まるで分かっていたかのように馬は前足でダラフィンの腕を踏むと、彼は歯を食いしばって腕を持ち上げる。そのまま馬は彼の肩を踏んで飛び上がった。次に門を一蹴りして更に飛び上がり、男は馬の背中で立ち上がり、馬の背を蹴って高い城門を超えて中に消えていった。
 ダラフィンは落ちてきた馬を、剣を放って受け止め、下敷きになる。打った腰の痛みに顔を歪めながら今度は馬を放り、剣を拾って立ち上がった。
「しまった! 不審者に侵入された!」
 そう不自然に怒鳴りながら、兵士たちにあとのことを任せてダラフィンは門の中に走り去っていった。


 城門内も騒然としていた。突然フードを被った怪しい男が門を飛び越えて来たのだから当然だ。中にいた兵士たちは慌てて剣を構えるが、命令を出す者がいない。
 その様子を見つめていたディルマンが駆け出した。予想もしていなかったことだが、一目で分かった。
「……ルミオル様?」
 剣を腰に収め、平然と城に向かって歩く男に、ディルマンは小声で尋ねた。
 ルミオルは答えず、指先でフードを持ち上げて彼にだけ顔を見せた。ラストルが生死の境を彷徨っているこのとき、ディルマンはいろんな思いがこみ上げ、涙を浮かべた。
 背後からダラフィンが駆け寄ってくる。
「ルミオル様!」
 空気を読まずそう大声を出すと、周囲がざわついた。追いついたダラフィンを、ルミオルはつまらなそうに睨んだ。
「ダラフィン、お前は相変わらず無粋だな」
「あんな目立つことをしておいて、何をお考えですか」
「急いでいるんだ。野次馬がいる前で、正面から俺が来たらまた説明しろだのうるさくなるだろう? これでいいんだよ」
「そうですか」ダラフィンは納得した。「それより、ラストル様のことは……」
「もちろん知ってる。ティシラのことも。だから来たんだ」
 後をついてきていたディルマンが一歩大きく進んで隣に並んだ。
「そ、それはもしや……!」
「勘違いするな。帰ってきたわけじゃない。父上……いや、国王に話がある。呼んでもらえないか」
 ダラフィンとディルマンは顔を合わせ、あまりいいとは思えない未来を案じ、目元に影を落とした。





   

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