MurderousWorld
15-Agitate




「そんな怖い顔してもかっこ付かないよ? あんな小さな戦争にいつまでも振り回されてるのが現状なんだから」
「……ブラッド」ランは今にも殴りかかってきそうな気迫だった。「お前は自分で何を言っているのか、分かっているのか?」
 ブラッドは当然、怖かった。しかしここは踏ん張りどころである。感情を殺して笑顔を保つ。
「だってさ、僕はあんな酷い目に合わされたんだよ。よほど大事な仕事なのかと思って調べたらこれだもん。割りに合わないよ」
「俺の仕事が、小さいと?」
「違うの?」
 ブラッドは挑発するのをやめない。ランは切れる寸前だったが、彼の態度がいつもと違うことに素早く勘付いた。ブラッドは人の仕事に口出しすることも、こうして見下すような発言をする男ではない。何か企んでいる。そうでなければ辻褄が合わない。ランは感情を抑え、話を聞いてみることにする。
「……何が言いたい」
 ランから先ほどまでの怒りが消えた。それを確認し、ブラッドも姿勢を正して本題に入ることにする。
「ごめんね。君を悪く言うつもりはない。司令官も君の働きには感心してるし、例え僕や他の一級者が担当したところで今の状態が限界なんだと思う。ただ、それは内情を知ってる者に限られたことだ。実際、外部の者や世間にはどう思われるだろう?」
 ランは片手で頭を抱えた。分かっている、という言葉を飲み込む。
「……笑われているだろうな」
「何も知らずにね。でもそれが現実なんだ。冒険屋は『なんでもあり』で、望んだことを必ず叶えてくれると信じられている。だけど真実はそんなに単純ではないし、本当は報酬さえ出してもらえれば何でもできるはずなんだけど、相応する資金を持たない者、持っていても出さない者もいる。そうなると僕たちは身動きが取れない。問題は、そのことを外部が知らないってこと」
「それは敵国についているルチルにも同じことが言えるだろう」
「そうだけど、知名度や信頼度は僕らが上。それを維持するのも僕らの仕事。下を見て満足するなんて、君らしくないんじゃない? よほど滅入っているようだね」
「……そうだな」
「ね、そろそろ、僕たちの本領を発揮してみないか?」
 ランは自然と落ちていた目線を上げた。ブラッドが何を言おうとしているのか――まさか、という言葉が過ぎる。
「……お前は、何を考えている?」
 ブラッドはにこりと微笑む。
「これ以上待っていても仕方ないと思わない? 仮に勝てたとしても君の功績は、組織では認められても世間はそうしてくれない。それじゃ勿体ないよ」
「今更俺が表に出てどうする」
「君個人じゃないよ。デスナイトの名声の問題だろ。それを落とすことは君にとって本意ではないはず。そんな地味な勝利なんか手にしたってアステリアに全部横取りされるだけだよ。デスナイトを使えば確実に欲しいものが手に入るって、世間に思い知らせてやりたくないのか?」
 ランはため息を漏らす。ブラッドは更に追い討ちをかけてくる。
「人員は組織の所有物だって、君が言ってたじゃないか。今のやり方じゃそこらの冒険屋と代わり映えしないよ。僕たちには僕たちのやり方がある。僕らだからこそ、デスナイトだからこその戦い方で勝利を収めたほうが気持ちいいと思わないか?」
 ランは瞼を落として口を閉ざした。ブラッドの言うことは間違ってはいないのだが、そう簡単なことではない。人の仕事だからそんなに軽々しく言えるのだと、ブラッドの笑顔が鬼の面に見えた。
「……なら、お前は何を持ってして『デスナイトの戦い方』だと言うんだ?」
 ブラッドの答えは決まっていた。長い間使われることがなく、ほぼ無いものとして忘れかけられていた言葉を口にする。
「T-0(タクティクス・ゼロ)」
 ランは耳を疑った。だが、ブラッドには迷いはなかった。
「僕がやってもいいよ」
 冗談で言っていいことではなかった。ブラッドもそれを承知している。つまり、冗談ではなかったのだ。
「何を言い出すかと思えば……お前のバカには付き合いきれないな」
「そう? じゃあ僕がやる。それでいい?」
「本気か」
「本気だよ。どうせ今は暇だし」
「暇って……そんな理由で勝手なことは許さんぞ」
「だから聞いてるんじゃないか。ノース司令官には許可をもらってる。むしろ望んでいたよ」
「お前……ノースにそんなことを話したのか」
「うん。後はラグア司令官が何て言うかだけど。組織のことを考えたら駄目ってことはないと思う」
 ランは呆れて、もう怒る気も失せていた。司令官にまで話を通しているのであれば避けて通ることはできない。「T-0」。ランが知る限りでは、こんなバカなことを決行したという話を聞いたことがなかった。できないことはない。しかし、と思う。
「……頭が痛い」ランはブラッドから完全に目を逸らす。「少し考えさせてくれ」
 笑ってはいるが、ブラッドも気楽にしているわけではなかった。もう後には引けない。そうさせたのは自分自身ではあるが、これをあの石頭のランに許可させるのは困難だろうし、決行となるとまたバカにされるのは目に見えている。それでも、結果を出せばこっちのものなのだ。まずはランの答えを待とうと、ブラッドは席を立った。
「じゃあ、後で連絡してね」
 ランはいろんなことを後悔しながら、ブラッドが退室した後もしばらくその場から動かなかった。


*****



 ブラッドは次にラグアの司令室に向かい、先にノースから話を聞いていた彼と「T-0」についていくつかの予定を確認していた。
 まだ決行するとは決まっていないが、ラグアの反応は「好きにしていい」という様子だった。ラグアからしてみれば自分の管轄のことでも、彼自身に損害が出ることもなかったからである。逆に、自分の手柄にはならないし、ブラッドという直属の戦力を貸し出すことには多少の抵抗はあるのかもしれないが、組織のことを考えればよほどの理由がない限り反発しないほうが利口である。もしもブラッドに仕事が入れば、もしくはそれに支障が出るようであればあっさりと取り下げられたのだろうが、彼は最近一つの仕事を終えたばかりで次の予定は特に立っていない。ブラッドもそのことを承知の上での提案だった。
「で、その新人はどうしているんだ?」
 唐突にラグアに聞かれ、ブラッドはルークスのことを思い出した。
「忘れてた……」呟き、すぐに顔を上げ。「たぶん、まだ僕のところにいるとは思いますが」
「怪我でもしたのか?」
「元気、といえば元気みたいなので、大丈夫かと……」
「お前はどうしてそいつを庇う? 何かあるのか?」
「いえ、別にそういうわけではないのですが、目の前で殺せだの死ねだの言われても、彼に罪はないですし、何よりもまだ年端もいかない子供です。意志も強いですし、育てる価値はあるかもしれませんよ」
「そうか。まあ、彼がここに来たいと言うなら考える必要もあるが、このままどこかに消えるのであれば我々は無関係だからな」
「はあ……それが」ブラッドは肩を竦める。「本人は試練を受けるって言ってるんです。許可が出るかどうかは分かりませんが、これはノース司令官に相談したほうがいいですかね」
「そうか。そうだな、私が決めることではないから……」
「そうですよね」
 ブラッドはいかにも困った表情を浮かべたまま、乾いた笑いでその話を終わらせることにした。
「……では、アステリアの件はランの返事を聞いて、また知らせます」
 ルークスのことを話すつもりで来たのに、ブラッドは別のことですっかり忘れてしまっていた。このまま帰ってもまた彼に怒られるのだろう。面倒だがもう一度ノースと話を、と思いながら室を出て行こうとした。
「ブラッド」
 だが、ラグアに呼ばれ、足を止める。
「はい」
 反射的に返事をして彼の顔を見たとき、ふとブラッドの中に何かを感じた。一瞬にして室内の空気が重くなっていたのだ。理由も分からず、ブラッドの胸が騒いだ。
 ラグアは数秒、警戒する彼の顔を見つめた。これ以上引き伸ばしても仕方ないと、真実を告げることを決意する。遠まわしに時間をかけても何の慰めにもならない。これも仕事の一つと割り切り、無表情で、結論から口に出す。
「エイダが死んだ」

 ブラッドは一瞬、目の前が真っ暗になった。

 ラグアが何を言っているのか、すぐには理解できない。
 エイダとはつい昨日、一緒に酒を飲んだ。下らない話で盛り上がり、好きな女性について鬱陶しいほど惚気ていた。
「任務中の事故だそうだ」
 ラグアは作文でも読み上げるかのように、淡々と続ける。
「部下が罠にかかり、それを助けようとして地雷を踏んだらしい。胸から下がなくなり、目も当てられない状態で……遺体は現地で埋葬するそうだ」

 ブラッドと出会った頃、エイダは自分に自信がなくて今以上に捻くれていた。ブラッドがしつこく構ううちに彼は心を開き始め、次第に長所を伸ばしていった。そしてやっと最近部下を持ち、これからは自分が守る側だと張り切っていた。

 だけど彼は一つのことに集中しすぎるところがある。だから、無理はするなと、無理だけは絶対にするなと、あれだけ言ったのに――。

「私も彼には期待していたのだがな……残念だよ」
 ラグアは静かに背中を向けた。

 これからフィアのためにもっと頑張ると、彼女のために生きるのだと言っていた矢先。
 生きる目的を見つけ、絶対に幸せになると約束したくせに……。



   




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