MurderousWorld
14-Induce




 デスナイト本部のエントランスは広くて明るく、天井は突き抜けるほど高い。同じ空間の中にはいくつか、ガラスで区切られた清潔感のある接客スペースも設けられている。ここには政府や資産家などのお偉い方々も顔を出すことがあるのだ。特殊な話をする場合は奥へ通されることもあるが、ほとんどはこの場で簡潔に話を済まされている。
 一見高級ホテルにも劣らないと思わせるこの空間も、やはりどこか違和感があった。数多のライトで昼間ほど明るく照らされているので意識しなければ気づかない者が多いのだが、窓という窓が一つもなかったのだ。装飾された出入り口の自動ドアも厚い鉄板で出来ており、まるで外部との関係を拒絶しているように思えた。


 その重いドアが開き、ブラッドが姿を現した。真っ直ぐに司令官の元へ向かっていたのだが、ちょうど入れ替わるように出入り口に向かうナユタが奥から歩いてきた。二人は向かい合って足を止める。
「おう、ブラッド」ナユタは牙を見せてニヤついている。「生きてたのか」
 ブラッドは苦い顔をする。どうやら仲間内には自分の失態はバラされているようだ。
「……生きてるけどさ、ぶん投げられるし家は壊されるしで散々だよ」
「そんなもので済んでよかったじゃないか。ラン様が武装してお待ちだぞ」
「えっ、武装?」
 ブラッドは汗を流す。まさかまだ痛めつけ足りないのだろうかと怯えた。
「冗談だよ」分かりやすい反応のブラッドに、ナユタは笑った。「もうそんなに怒ってないみたいだ。ノースが一人くらいどうでもいいってランを解放したらしいからな。一応新人たちは出発してるが、到着まで日数はかかるし、それから現場に指示をしないといけないみたいだが、それは最初から決まってたことだからな。ただ邪魔が入ったってことが気に入らなかっただけだろう」
「……そうなんだ」
 ブラッドは胸を撫で下ろした。だがまだ気は抜けない。ランの気が立っていることは間違いないのだから。
「ところで例の新人はどうしたんだ? そいつは殺されてないのか」
「ああ、殺されてはないけど、僕以上にボコボコにされたよ」
「それは災難だな。さすがにもうここへは来ないだろ? 若いのに可哀想にな。もう立ち直れないんじゃないのか」
「うーん……」そうでもなさそうだと思い。「どうなんだろうね」
「ま、俺には関係ないけど」ブラッドの肩を軽く叩き。「あんまりアホなことばっかりするなよ」
 そう言い残し、ナユタは本部を後にした。ブラッドはそれを見送り、冴えない表情を浮かべて奥へ足を運んだ。


*****



 ブラッドは様子を伺いながら、ランより先にノースの元へ向かった。いきなりランと話をしてもあまり有効な情報は聞けないと思ったのだ。ノースは事前報告もなしに司令室に訪れたブラッドを快く迎え入れた。
「話は聞いてるよ」
 ノースは笑顔でブラッドを席に促したが、ブラッドはその穏やかさの裏に潜む彼の怖さを知っている。愛想笑いも引きつらせつつ、まずは頭を下げた。
「申し訳ありませんでした……」
「そんなに大したことじゃない。気にするな」
「はあ……」
 渋々腰を下ろすブラッドに、ノースから話を切り出した。
「で、私に何の話かな」
「いえ、今回のことで、僕にも何かできることがないかと思って」
「そうだな」ノースはヒゲを触りながら。「それほど君が気負うことではないと思うんだが……アステリアの現状も新人の動向も様子見だしねえ」
「とりあえず、アステリアの状況を教えてもらえませんか?」
「別に構わないが……」
 言いながら、ノースは資料を取り出した。その一つ一つを開きながら、今までの流れや任務に当たっている人員の名簿などを説明する。
「うーん」
 生殺しのような状況に、ブラッドは唸った。確かに、これではランにストレスが溜まるのも理解できる。
「どうした?」
「なんだか、これじゃ人員も戦力も、資金も何もかも無駄な気がして……」
「そうだな。しかし依頼主が思い切ってくれないのだから、あるものの中で遣り繰りするしかないだろう。これが精一杯だ。ランはよくやってくれているよ」
「それはそうなんですけど……」
「君には何かいい案でもあるのか?」
 ブラッドはその質問に返事を返さず、黙って資料を眺めた。ノースはしばらく待ってみたが、思案するブラッドに疑問を抱き、質問を変えてみる。
「ブラッド、君ならどうする?」
 ブラッドはまだ顔を上げない。しかし、資料を読む彼の目つきが真剣なものになっていることを見逃さなかった。ブラッドは俯いた姿勢のまま、口を開いた。
「残念ながら、これは僕の仕事ではないので口出しすることはできません。でも、今回の新人の派遣については不本意ながら足を突っ込んでしまったので、僕の力をお貸しすることは、ラグア司令官がいいと言えばですが、可能かと思います」
「……どういうことだね」
 ブラッドはやっと目線を上げてノースと向き合った。
「必要であれば、ですが」
 ノースにはその意味が分かった。断る理由はないどころか、これは大きな転機である。逃すつもりはなかった。
「なんのためにそんなことを?」
 ブラッドは深い瞬きを数回繰り返し、質問に直接的には答えない。
「それを『罰』として請け負えば、僕のしたことは許されるでしょうか」
 ノースの胸は静かに脈打った。ブラッドの伝えようとしていることと自分の予想は一致していると確信していた。そうだとしたら、これは、面白い。
「それは、つまり……」
「ええ、もちろん」
 二人は決定的な言葉は口に出さなかった。それでも、慣れたやり取りにお互いの言いたいことは伝わっていた。
「しかし、それで組織には何のメリットがあるだろうか」
「今はどちらも譲り合うこともなく駆け引きをしているようですが、僕にはそれこそ何のメリットもあるようには思えません。そんなことよりも、脆弱なアステリアに恩を売り、組織の信頼を得て絆を深めたほうが後々のためになるのではないのかと思うのですが。アステリアはこれから発展していく国です。鉱石を手にすればいくらでも金が流れます」
「…………」
「もちろん、冒険屋の掟を破ることはご法度。ヘタすれば世界中からの信頼を失うことになり兼ねません」
「その通りだ」
「しかし」ブラッドは目を細め、笑った「ルールさえ守れば、何をしても構わないですよね?」

 答えは、「イエス」。
 ノースは、初めて見るブラッドの不敵な笑みに不安、そして期待を抱いた。


*****



 ブラッドは司令室を後にし、その足でランの元へ向かった。ノースからランを会議室に呼んでもらうことになり、指定された場所へ真っ直ぐ移動する。ランと話をする前にラグアに会って行こうかと悩んだが、ノースが彼に口添えしてくれると気を利かせてくれたので後に回すことにした。
 今回は一級者専用の会議室ではなく、本部内にいくつかある、机やボードなどの設備がある小さな部屋だった。ブラッドが先に到着し、十脚ほど並ぶ椅子の一つに腰掛けた。
 しばらくするとランが現れた。決して機嫌がいいようには見えないが、怒っている様子もない。ブラッドにももう怯えはなく、笑顔で彼を迎えた。
「ラン、ほんとに悪かったね」
 ランは返事もせずにブラッドの向かいの椅子に座る。
「何の用だ。忙しいんだから早く済ませろ」
 ナユタの言っていた通り、もうルークスのことは根には持ってないようである。正直ここで丁寧に謝罪をすれば終わらせることもできそうな雰囲気だが、ブラッドはそれをするつもりはなかった。
「アステリアの仕事、大変そうだね」
 ランは眉を寄せた。彼にとっては癌細胞のような件である。それを軽々しく口にされたくなかった。しかしブラッドは怯まずに続ける。
「気になったからノース司令官に聞いたんだ」
「ノースに? なんのために」
「なんかさ、たかだか一人の新人にやたら目くじら立てるから、何がそうさせてるのか気になったんだ」
 せっかく忘れていた怒りを、ランは内で蘇らせていた。ブラッドが何のつもりなのか、まだ読めない。
「君がイラついてる理由も分かったよ。でもさ……」
 ブラッドは賭けに出る。
「君にしてはやり方がセコいんじゃないのかな」
「……何だと?」
「ちょっとあの状況は酷いよ。グダグダじゃないか」
 ランの鋭い目に怒りの炎が灯った。ブラッドは身震いしそうになったが、それを根性で隠した。



   




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