MurderousWorld
20-ThickFog




 会議の後、本部内にいたルークスはロビーでブラッドと合流した。昼も過ぎて人が増えていたが、二人は一番端にあるテーブルで向かい合って声を潜めて話をした。
「え? じゃあお前も戦場に行くのか?」
「そうだよ。君はどうする? 本当に行きたいなら手配するよ」
「行くけど……」ルークスは戸惑っていた。「その前にどういう状況なのか説明しろよ」
「その前に、君の意志を確認させてもらう。僕はアステリアに行くけど、ランと、こないだの狼の獣人と一緒だ」
 ルークスは少し肩を揺らした。忘れるはずがない。問答無用で人をボコボコにしたあの乱暴者のことを。ブラッドは気にせずに続ける。
「彼と顔を合わせたくないなら別行動してもらうよ。先に向かってる新人たちと同じく、車で移動かな」
「車って、どのくらいかかるんだ?」
「五、六日くらいかな。先日出発した新人もまだ現地に着いてないみたい」
「そんなに?」ルークスは息を漏らした。「移動だけで疲れそうだな。しかも一人だと最高に退屈そうだ」
「そうだね。じゃあ、僕たちと一緒に行く?」
 ルークスはどっちもどっちのような気がして、すぐには答えを出さなかった。
「お前はどうやって行くんだ?」
 ブラッドもまた、彼の質問にすぐは答えなかった。意味深に、ニコリと目を細める。
「僕たちは空を飛んでいくんだ」
「……は?」
「だから二日で着く予定」
「な……」ルークスはつい大きな声を出しそうになり、すぐに抑える。「だったら俺も一緒に連れてけよ。俺だけダラダラ移動する意味ないだろ」
「まあね」
「お前、性格曲がってないか? そういうことは先に言えよ」
「失礼だなあ。君の交通費は僕の負担なんだから。空から行くのは特殊な方法なんだ。結構費用がかかるんだよ」
 ルークスはふんと鼻を鳴らす。
「自業自得だろ。そのくらいサービスしてくれてもいいんじゃないのか」
「そうだね」ブラッドは軽く笑った。「それに、君のその選択は正解。僕とランが着いたら戦争は終わるから。車で行ってたら完全に乗り遅れるところだったね」
 ルークスはブラッドの言葉の意味を考えた。どうも様子がおかしい。
「……どういうことだ。大体、何でお前たちまで行くことになってるんだよ」
 ブラッドは笑顔のまま、しばらく黙った。その間にも、ルークスの勘が働き続けていた。
「一級者が二人も同じ現場に入るってことだよな。そんなことがあるのか? 一級者はあまり動きたがらないと聞いた。お前たちが着いたら戦争が終わるってことは、直接参戦するってことなのか? 一体、何をするつもりなんだ」
 疑問が次々と湧いてくるが、すべてを答えてもらえるとは思っていなかった。そうだとしても、ルークスはどうしても何が起こるのかを自分の目で確認したいと、それだけは見逃したくないと強く思った。
 厳しい目線を突きつけるルークスに反し、ブラッドは緩い笑顔だった。
「今は全部は話せないよ」
「いつ話せる? ついて行けば、俺は全部を見ることができるのか?」
「話せるのは、君がそれに値する力を持ったとき。全部を見れるのかどうかは、そのときの君の行動次第」
 やはり上からの口調のブラッドに、ルークスは少々苛立つが、逆らうべきときとそうでないときを正しく判断する必要があることを思い出す。ルークスは文句を堪えて話を進めた。
「分かった。とにかく俺も連れていってもらうからな。出発はいつだ」
「明日」
「明日?」早いと思うと同時、ルークスは別のことにも気づく。「明日、ってことは、もしかして先に出発してる新人たちより早く着くんじゃないのか」
「そうだね」
「……それじゃ、『運試し』っていうのはどうなる」
「予定通り行われるよ」
 ルークスはどうしても納得がいかない。
「でも、お前らが着いたら戦争は終わるんだろ。そしたら新人も間に合わないじゃないか」
「だから、それも運の内ってこと」
 意味が分からない。理解できない。ルークスは額を伝う汗を隠せなかった。一体、こいつらは何がしたいのだろう。組織ではいつもこんなにおかしなことばかりが起こっているのだろうか。だとしたら、付いていくには少々時間を要しそうだと思う。
 悩むルークスをおき、ブラッドは席を立つ。
「じゃ、明日までにできる準備をしといてね」
「準備?」
「戦争に行くんだ。武装とか、武器が必要だろ?」
「ああ……」
「明日の朝に迎えに行く。足りないものや必要なものは僕が用意してあげるから、できるだけ早く連絡して」
 ルークスは戸惑ったまま、ブラッドと一緒にロビーを出て行った。


*****



 ルークスは自宅へ戻り、言われるままに準備を進めた。しかし、どうしても現実味が湧かなかった。ブラッドたちと行くのはいいが、一体何が起こるのだろう。そして自分は何をすればいいのだろう。彼の話からすると、自分だけ他の新人たちよりも先に着いてしまうようだ。そこで指示はあるのだろうか。とりあえずそれに従えばいいのだろうか。
 もやもやした感情が邪魔して、あまり準備は捗らなかった。大体、ルークスは戦争の経験などないのだ。準備と言っても、手元にあるものは今まで適当に使ってきた銃や剣などがいくつかだけ。他の必要なものと言われても思い当たるものはなかった。他の新人たちはどうしたのだろうなどと考える。同じ立場の者同士で話し合ったり、組織から配給があったのだろうか。そうだとしたら、やはり自分だけ食いっぱぐれたような気分になる。
 それでも、ブラッドは自分の希望どおり現地へ連れていくとも、必要なものがあれば用意してくれるとも言っていた。十分な処置である。
 ルークスはブラッドの顔を思い出し、共に行動するのであれば、何かあったらまた彼のせいにすればいいなどと考える。手ぶらで行くのはさすがにまずい。できる範囲で構わないだろうと、体を動かした。
 だが、再び動きが止まる。ルークスは次にあの獣人、ランの顔を思い出した。確か彼も一緒だと言っていた。冷や汗が出る。腹も立つが、どう考えても腕ずくでは勝てない相手なのだ。また訳の分からないことで殴られやしないかと不安になった。
 それにしても、あの狼とブラッドが同じ立場で、同等の会話をしているというのがあまり想像できなかった。おそらくまともなのはランの方であり、きっと他の一級者も彼寄りなのだろう。おかしいのはブラッドだ。ルークスはそうだと、証拠はなかったが確信していた。
 しかしそれはそれで、自分は幸運なほうなのではと思う。ブラッドのような変な男がいて、それに関わってしまったからこそ、新人である自分はいろんな情報を先取りできているのだ。他の新人の話によると、一級者は幻のような存在であり、二級に上がって初めてやっと口が利けるのだと言う。それを自分は、まだ任務に就いてもいないうちに二人も関わり、今度は一緒に行動することになってしまった。
 まだ結果が出てない以上、運がいいのか悪いのかは分からないが、ルークスにとっては幸いなことだった。腹の立つことも多いが、みんなと同じレールの上をダラダラとしているよりは刺激が強い。うまくいけば誰よりも早く、有効な力を手に入れるチャンスが多いと考えていた。
 その分、危険も大きいのは承知していた。ルークスはその方がいいと思う。死んで惜しいことは何もない。弱いまま、誰にも認められないままいなくなるよりはずっといい。
 ルークスは今の状態をいい方に、前向きに受け取ろうとした。


 次の日の朝早く、ブラッドは予定通りの時間にルークスを迎えに来た。
 時間がなかったのか、ルークスが壊した鍵はそのままになっていた。しかしブラッドはそのことには、忘れているかのように触れてこなかった。
「天気も風向きも悪くない」ブラッドは体調万全のようである。「これなら快適な旅になりそうだ」
 まるでピクニックにでも行くような気軽さだった。よく眠れなかったルークスは、まだ目をまともに開けられずにいた。いくつかの武器を装備しただけのルークスを見て、ブラッドは笑った。
「荷物はそれだけ?」
 ルークスは顔も向けずに答える。
「……俺は軍人じゃないし、経験もない。戦車でも用意しろってのかよ」
「あはは。そんなもの、僕だって持ってないよ」
「先に言っとくが、あの狼、俺に何か危害を加えそうになったらちゃんと助けろよ。俺は何も悪いことはしてないんだ」
「ランのこと? だったら大丈夫。彼はあれで温厚なんだから」
 どこが? と聞き返す気にもなれなかった。


 そうしているうちに、ブラッドは車を森の中へと進めていた。やっと目も覚め始め、疑問を抱いたルークスが周囲を見回しながら尋ねる。
「どこに向かっているんだ」
「この先にある崖」
「崖……?」
 眉を顰めていると、ブラッドは深い森の、木々の間で車を止めた。
「ここからは歩きだよ。もう車は入れないから」
 聞きたいことだらけのルークスだったが、もういちいち確認するのに疲れてきていた。大人しく彼の言うとおりにする。
 確かに森は車どころか人さえ滅多に入らないほど鬱蒼としていた。ブラッドは車の後部座席やトランクからいくつかの荷物を取り出し、手荷物を減らすために装備できる剣や銃を手際よく身につけていく。大した荷物もなかったルークスは、その作業が終わるのを黙って待った。
「お待たせ」
 意味もなく気まずそうにしているルークスに、ブラッドは声をかける。何の説明もなく、ブラッドは森の奥へ進んだ。



   




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