SeparateMoon



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 十日ほどが過ぎた頃、レオンの周りに少しの人が集まった。
 倒壊した建物を修復し、小さな城を作った。中央には円錐状の広間があり、奥に個室がいくつかある程度のものだった。必要に応じて増築すればいいと、今は生き残った者が生活できる最低限の居住空間だけを確保することから始まった。
 世界一大きく豪華だったシルオーラの城とはとても比べ物にならない質素なものだが、物の価値が理解できないレオンは不満そうな顔一つしなかった。
 彼の元に集まった魔法使いは、元マーベラスのヴェルトとアシュリーが二人、以下二十一名の計二十三名だった。そのうちの半数が重軽傷を負っており、それらは有限の魔法によってゆっくりと治療に専念することになった。
 動ける者は怪我人の治療、瓦礫の撤去、遺体の処理、生き残りの捜索、そして変わってしまった魔法の使い方の研究など、毎日忙しく働いた。もうすべてを用意された世界は崩壊した。一から、少しずつ新しい世界を創るため、欲を捨てて働き続けた。
 早朝、広間に集まった魔法使いたちはレオンの前に整列した。以前のように揃った制服姿ではない。威厳も矜持も捨てた彼らに残ったものはレオンという世界を救った英雄のみ。彼がいなければ生きる意味も取り戻せなかった。まだ魔法は滅んでいない。取り戻せると信じ、青く冷たいレオンの瞳に忠誠を誓った。
 朝の会議では、誰が何をし、どの方面に向かうのか等の話し合いが行われる。夜にはどこまで進めたかの報告と、全員が必ずここに戻ってきているか確認するためだった。話し合いが終わるとそれぞれ仕事に向かう。
 高く青い空には、朝の優しい太陽の光が注いでいる。既に新しい芽を出し始めている大地の上で、ジギルは魔法使いたちの様子を見つめていた。
 見つかったアンミール人の生き残りは、現時点でジギルを含め十七名だった。重軽症者が十人、そのうち子供が二人、あとは高齢者ばかりだった。もう人種の壁はないと言っても、そうはいかないのが現実である。それでも協力していかなければいけないというジギルの説得により、魔法使いたちの城の隣にあったレンガ作りの建物を修復し、彼らはそこを住処としていた。
 集まったアンミール人は訓練されていない者ばかりでほとんど役に立たない。だから毎日歩ける範囲を散策し、瓦礫に埋もれた生活に必要な道具などを探していた。地下に備蓄されていた食料や調理器具、使える衣服や食器類、それらを修復したり新しく作るための道具などを集めている。
 打ち解けることはできないが、力仕事は魔法使いたちがやる代わり、料理や裁縫などの身の回りの家事をアンミール人に任せることになった。
 そんな共同生活が始まってまだ数日、うまくいっているのかどうか判断はできない。
 ただ、魔法使いたちはレオンのため、アンミール人たちはやはり彼らの力は必要だと思い、気まずいながらも交流を始めていた。


 レオンにはジギルが自分を睨んでいるように見えた。
 しかし最近は、あれが普通の目つきなのかもしれないと思えるようになった。それでも、ジギルは常に自分に言いたいことがある。だけど言えずにいる。それがなぜなのかは分からない。だからレオンから声をかけることが多かった。
「新しい世界を創ると言っておいて……」レオンは挨拶もせず。「これでは何も変わらない、とでも言いたげですね」
「少し分かってきたみたいだな」ジギルは少し感心しつつ。「でも別にこれでいいと思う」
「なぜですか?」
「指示を出す奴がいないと人間はまとまらない。今はお前が中心になって基盤を作ればいい。これからもっと人が集まって怪我人も治れば働き手が増えて作業は早くなる。生活基盤が整っていけば自然と新しい秩序もできてくる。生き物は環境に合わせて適応していくものだ」
「私は自分に従えとも思わないし、命令で人を動かしたことはありません」
「そういう意識に固執する必要もねえだろ。意見があるなら発言しろよ」
「意見……」レオンは少し考え。「とくにない場合は?」
「ないならしなくていいいだろ」
「なぜ彼らが私に無条件に従うのかが、未だに分かりません。ジギル、あなたには分かりますか?」
「ジノだ。最初はそれが決まりだからそうしていただけだとしても、今は変わってるんじゃねえの。習慣とか洗脳とかもあるかもしれねえが、とりあえずお前は世界を救った英雄なんだよ。あの絶望的な終末を生き延びた奴からすれば命の恩人でもあるんだよ」
「つまり?」
「簡単に言えば、お前のことが好きってことだ。感謝もしてるし頼りになるんだよ。お前にそのつもりがなくても」
「私はこの完成された世界を壊したかった。それでも感謝されるんですか?」
「言葉じゃない、行動だよ。お前が壊したつもりでも、他の奴から見れば救ったことになってる。お前がいくら毒を吐いてもそのままを受け取る奴はいねえよ」
 レオンはますます分からないといった表情で考え込んだ。彼の悩みが解決するまで待つ気のないジギルは呆れたため息をついた。
「それより、魔法はどうなってるんだ」
「魔法?」とレオンは我に返る。
「全然使えないわけじゃないんだろ」
「人によります」
「ふざけんな。そんなの前からだろ」
「一体何を知りたいのですか?」
「俺は魔法のことは何も分からないんだよ。魔力がなくなるっていうのはどういう感覚なのか、魔法使いがどうして自由に魔法を使えなくなったのか、少しは使えているっていうのはどういう原理なのかを聞いてる」
 魔力の源を失った魔法使いたちだったが、見ていると炎や風を起こしたり、腕力以上の力でものを破壊したり移動させることはできている。しかし簡単そうに見える魔法もいつでも手軽に使っているわけではなく、時と場所を選んでいるようだった。
「魔法使いの使える魔力はそれぞれの持つ『器』によって差がでます。器は生まれつき違いがあり、訓練で増幅させることが可能です。器の大きさは目に見えるものではないし、数値でも表せません。といっても魔法の本質や使い方の理解も必要なので、今まではどちらかというと知識と経験の質と量のほうが重要でした。魔力が豊富だったときは努力次第でレベルを上げることができましたが、今は元々実力のあった者でも器に集められる魔力が限られているので状況を見て節約してるという状態です」
 無表情かつ抑揚のない声で一気に話すレオンにイラつきながらも、ジギルはすぐに理解した。
「ふうん……あれか、以前は潤沢だった水が枯渇して、水瓶の中身がなかなか集まらない感じか。浴びるほどの余裕はなくて喉を潤すのが精いっぱいなんだな」
「そういうことです」
「お前はどうなんだ」
「私はあまり変化はありません」
「は?」
「リヴィオラがあるので以前と変わりません」
「前と同じくらい魔法が使えるのか?」
「はい」
「だったらもっと協力してやれよ」
「何をですか?」
「何って……」
「私の魔法は救助にはあまり向いてないので」
 なら石を他の魔法使いに貸せないのか――と、ジギルは言おうとして止めた。レオンは魔法の暴走を止めるために石を破壊した。そしてリヴィオラを支配すると言っていた。その限られた魔力の源を簡単に他人に渡してしまえば、いずれは奪い合いが起こるだろう。魔力の価値をよく知らない自分でさえ予測できるのだから、レオンなら尚更だ。野暮な質問で無駄話はしたくなかった。


 ジギルは数日前にヴェルトに呼び出され、改めて何のためにここに居るのかを問われた。そんなことはレオンに聞けと言ったが、レオンには「ジギルこそが本物の英雄の素質を持っている。自分がいつか崩壊した世界にとどめを刺してしまわないように人としての道へ導いてもらうため」と言われて困惑した。察したレオンは自分が別次元の世界で生まれる前に殺されたという話をした。ヴェルトは理解が追い付かずに更に狼狽するしかなかった。レオンからそれ以上は聞けず、だが彼を否定することもできないまま、とにかくジギルの役目を把握しておこうと考えたのだった。
 魔法使いのレオンへの感情は洗脳に近い。かと言って理由もなく忠誠を誓っているのではなく、レオンにはそれだけの血筋と能力がある。だからヴェルトたちの思想を変える必要はないとジギルは思った。
 ジギルはどうしてもレオンを好きになれなかった。対して、レオンにはきっと好きも嫌いもない。自我のない子供なら先に「好き」の感情が生まれるが、彼はどちらも持たないまま成長している。となると、おそらく「嫌い」の感情のほうが抱きやすいはず。
 レオンに人間らしくなってもらうためには、不快感を認識してから、それよりはいい、もしくはマシだと思えるものを見つけて、王や英雄としての崇高な意識を持つ前に、負の感情で他人の存在と向き合うことから始めたほうがいいとジギルは考えそう伝えた。
 まるでレオンが精神に欠陥がある人間だと言われているようで、ヴェルトは腹の底から怒り湧く怒りを抑えられなかった。再び浴びせられる殺気にジギルは身震いを起こす。
「なんだよ、いちいち怒るなよ! レオンの周りがお前らみたいなのばっかりだったら何も変わらねえだろ!」
「……そうだな。君の言うとおりだ」ヴェルトは必死で感情を抑え。「レオン様はきっと、自分に従順ではない者の意見を求めていらっしゃるのだと思う。しかし……どうしてもまだ気持ちの切り替えができない」
「だったらできるようになるまで俺に近付くな」
「そうはいくか。君がレオン様に無礼を働かぬよう監視しなければならないのだから」
「お前の基準じゃ俺は常に無礼だろ」
「それは……確かに」
「大体な、いつまでレオンを子供扱いするつもりなんだ。あいつは世界最高位の魔法使いなんだろ。心も体も強靭。少なくともお前よりはな。ただ倫理観が欠けてるってだけで、レオンはその足りない部分を俺やお前に補って欲しいんだよ」
「…………」
「レオンは自分が本来は世界を滅ぼす悪魔だったと認識してる。それが事実なのかどうかは誰にも分からない。だけど、俺はそうは思わない。あいつは、俺に協力を求めたんだ。自分が悪魔にならないように。本当に悪魔ならそうはしない。何なら対抗勢力の首謀者の一人だった俺を真っ先に殺してる。そうだろう? 俺は殺されて当然のことをした。でも生き残った。だからまだやることがあるはずだと思ってここに来たんだ。誰かを救うとかそんな大層なことは考えてない。でも、俺を許す人がいる。帰る場所がある。だから……」
 ジギルは突然言葉を濁した。黙って聞いていたヴェルトの目は冷たかったが、その奥は熱く、真剣なものだった。
「だから、なんだ。聞かせてくれ」
 ジギルは隠しても意味はないと思い、目を逸らして続けた。
「……今までみたいに誰かの影に隠れるのはやめて、自分の目で、この世界を見ていたいと思ったんだ」
 それだけ言うとジギルはヴェルトの反応を待たず、その場をあとにした。
 ヴェルトは少年の背中を見つめながら緊張の糸を解いた。
 以前にアンバーが言っていた。ジギルという少年は「賢くて幼い」と。賢いのは分かる。幼いの意味も、今、分かった。
 彼は賢いゆえに臆病なのだ。自分が傷つくことを、失敗を恐れ、常に予防線を張っていた。ジギルが普通の子供だったなら自分の力を過信し驕り、自己顕示欲に駆られて取り返しのつかないところまで暴走していただろう。だが賢いジギルはそうはしなかった。安全な場所に引きこもり、自分のテリトリーの外で何が起ころうと目を逸らしていられるように、明るい場所を避けてきたのだ。もし彼が賢い大人だったとしたら……エミーと共謀することはなかっただろうと思う。エミーはジギルの幼さも利用していたのだ。
 ジギルは帰る場所があるのに、そこに留まらず外に出た。きっと自分のしたことを確かめ、すべての言動に責任を持とうとしているのだと思う。
 まさに、少年が大人になろうとしている姿だった。それはレオンも同じ。二人は違うようで似ているのだ。こんな二人が同時に存在したからこそ今の現状がある。おそらくエミーだけが、その真理に気づいていたのだろう。
 やはりここは「神」の悪戯で傷ついた世界だった。エミーは世界の歪みが作り出した危険因子であり、ジギルもまたそれに侵された犠牲者の一人なのかもしれない。
 そんなことを考えながら、ヴェルトは背筋に寒気を感じた。なのに額には汗が滲み出る。
 これ以上は考えたくなかった。ほんの僅かな可能性だとしても認めたくなかった。しかしそれでは今までと何も変わらない。
 だから、心の中でだけならと、それを脳裏で文字にした。
 ――レオンも、世界の歪みが作り出した危険因子のひとつだったのかもしれない、と。
 ヴェルトは感じたことのない罪悪感に苛まれる。見えない壁に強く拒絶されるかのように思考が揺れ始める。これが現実を見誤る原因だと、ヴェルトは強く頭を振った。
 そうだとしても、と思う。レオンは変わろうとしている。彼自身も乖離した理想と現実を受け入れてあるべき姿を模索しているのだ。ヴェルト自身も変わらなければいけない。触れることを憚るほど錆付いた強固な鍵を壊そうと決意した。


 レオンとジギルを「友達」として見守ろうと決めたヴェルトだったが、どうしても二人が話していると気になってしまう。
 今日もまた、笑顔を見せることなく話し合っている二人に静かに近寄って様子を伺っていた。
 そこに一人の魔法使いが近付き、レオンに一礼する。
「レオン様、本日向かうラダの町なのですが、昨日調査しましたところ被害が大きく、遺体は既に腐敗し始めており、瓦礫と区別するのが難しい状態でした」
 一歩離れて聞いていたジギルは眉をひそめた。
「おそらく生存者もいないでしょう。ラダに時間を割く余裕はありません。瓦礫とまとめて燃やし、灰を土に……」
「ダメだ」
 そう言ったのはジギルだった。レオンも魔法使いも驚いて彼に注目した。
「ちゃんと遺体は埋葬しろ」
 レオンは姿勢を変えてジギルに向き合った。
「なぜですか?」
「なぜじゃねえだろ。死者を弔うのは生きてる奴の義務だ」
「義務? それは誰が決めたことなのでしょう」
「人として当然のことなんだよ」
「生存者の捜索と救出が優先です」
「お前たちの仲間の遺体もあるんだぞ。お前のために戦って死んでいったんだ。そいつらを瓦礫と一緒に燃やして、労いの気持ち一つ伝えずにゴミと一緒に土に埋めるのか」
「……その気持ちは、死者に伝わるのですか?」
「そういう問題じゃねえんだよ。理解できなくても形だけでもやれ。どうしても嫌だってんなら、俺の前でそういう話は二度とするな!」
 ジギルの乱暴な物言いに魔法使いが怒りを覚える。ジギルを始めとするアンミール人はもう自由で対等だとレオンから言われているとはいえ、彼の高圧的な態度には黙っていられなかった。だが前のめりになる魔法使いの肩にレオンが手を置いて制止する。
「分かりました」そして魔法使いに顔を向け。「彼の言うとおりにしてください」
「しかし……」
「魔法を使えば今日中に終わるでしょう」
「ラダは大きな町です。人口は五百万を超えます。そこに魔士の遺体も混在しており……」
「巡回が終わったら私も行きますので」
 魔法使いの怒りが静まっていく。レオンがいれば不可能なことはないからだ。異論などあるはずがなく、魔法使いは再度一礼して立ち去った。
 木陰から会話を聞いていたヴェルトも、飛び出したい衝動を抑えていた。結果、レオンがジギルの意見を飲んだ。その絵面は受け入れ難くはあるが――ジギルの言うことは、他にも手段はあるのかもしれないが、人として間違ってはいない。そしてこれが、レオンがジギルに求めていることなのだと思う。だからレオンは無理をしてでも彼の言うとおりにしてみようと考えたのだろう。
 理由は分からなくても、きっといつか、人を思う行動の積み重ねがレオンの中で芽吹き根付くと信じて、ヴェルトは口出しすべきではないと判断した。
 レオンはまだ不貞腐れているジギルに声をかける。
「これでいいですか?」
 ジギルは頷きはしなかったが、言うとおりにしてくれたことには安堵していた。
「いいかどうかなんて知らねえよ」
「え? あなたがそうしろと言ったのでしょう?」
「死者を弔うなんてただの感情だからな。俺はそうしたほうがいいと思っただけで、お前が本当に不要だと思うならしなくてもいいことだ」
「…………?」レオンはとうとう眉間に皺を寄せた。「つまり、あなたは私を騙したということですか?」
「なんでそうなるんだよ!」
「ジギ……」 
「ジノだ!」
「ああ、ジノ、でしたね……なぜそんなに不機嫌なのでしょうか。私は間違っていたのでしょうか」
 レオンは困った表情を浮かべていた。考えこんでいることはよくあるが、いつも鉄の仮面のように冷たい彼にしては珍しいことだった。
 ジギルは不意を突かれたように息を飲んだ。
 彼の完璧な顔立ちは、男でさえ見とれてしまうほど美しい。幼さの残る中性的な容姿には無垢と妖艶さが混在している。長く艶のある睫毛、その奥にある宝石のような青い瞳、触れたら傷ついてしまいそうなほど透き通った肌……そこに喜怒哀楽を含む人間らしい顔で見つめられると大抵の者は胸を打たれるだろう。
 これが心優しくか弱い女の子であれば、がさつなジギルでさえ釘付けになったに違いない。
 ただし現実の彼は、思いやりの欠片もない冷血漢であり、巨大な化け物も大量の軍隊も顔色一つ変えず瞬殺する暴力の権化である。
 何よりも、レオンは男だ。その事実がジギルの憎悪を増幅させていく。
「その顔! やめろ!」
「えっ?」
「ムカつくんだよ! 中身はクソ野郎のくせに見た目だけで許されようとするんじゃねえよ」
「え……な、何の話ですか?」
「人は見た目が九割とか言うけどな、お前の残りの一割はそれ以上に極悪なんだよ。調子に乗るなよ!」
「……そう、ですか」
 明らかな嫉妬による八つ当たりだった。ジギル自身、醜い感情であることは自覚しているのだが、一瞬でも彼に同情してしまいそうになるほどの美しい外見に釘付けになった自分にも腹が立って仕方がなかったのだ。
 なぜジギルが突然そんなことを言い出したのかレオンにはまったく分からず、ただただ言葉を失うだけだった。
 レオンは男だ。一度殴り合って労わり守る必要のない相手だと体で覚えさせたほうがいいかもしれない――そんな無茶苦茶なことを考えていたジギルは背後から、大きな手で乱暴に髪を掴みあげられた。
 途端にジギルは蒼白し、激痛で目に涙を浮かべる。
 顔を見なくても分かる。この全身を震わせるほどの恐ろしい殺気は何度も経験してきた。きっとこれからも、何度も繰り返すであろうそれの発信者はヴェルトだった。
 口出しないと決めた矢先、ヴェルトは自分を見失うほどの勢いでジギルに殺意を抱いていた。
「ジノ……」地面から響いてくるような低い声で。「一体、何の話をしている」
「いや……別に……」
「レオン様は世界最高の魔法使いであり、それに相応しい眉目秀麗な美貌は持って生まれて当然であり必然なのだ。貴様如きが良し悪しを口にしていい価値ではない。身の程を知れ」
「わ、分かった……」ジギルは痛みで顔を歪める。「分かったから、離せよ」
 ヴェルトが舌打ちして手を離すと、ジギルは涙目で二人に距離を置いた。
「……盗み聞きなんかしてるんじゃねえよ! バーカ!」
 そう言い残し、逃げるように走り去っていった。
 結局なんだったのか分からず仕舞いのレオンは呆然とジギルを見送る。ヴェルトは、やはりジギルを野放しにはできないと気持ちを改めた。

 そんなやり取りを、いつからか城の屋上から眺めていた人物がいた。元マーベラスの魔法使い、アシュリーだった。彼女はいつも物静かで穏やかな雰囲気の女性だった。アシュリーのいる場所からは地上での会話まで聞こえなかったが、少年二人の態度や表情を興味深そうに見つめていた。口角の上がった唇が、ほほ笑みを浮かべているように見えた。




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