SHANTiROSEINNOCENT SIN-09それから数か月、ウェンドーラの屋敷に住む一同は、大きな変化もないまま過ごしていた。魔法使い、賢者、天使、魔族とそれぞれ違う性質を持った彼らは、まるで本当の家族のようだった。 ティシラだけは日々クライセンへの恋心を募らせているものの、記憶を失くしていたときに強がっていたせいか、昔のように積極的に押し迫ることはしなかった。ちょっとした触れ合いに一喜一憂しておりその思いはまったく隠せてないのだが、どこかで今の状況を楽しんでいるのかもしれない。それは他の者も同じだった。サンディルは早く息子に身を固めて欲しいと思う反面、そうなったあとのことを想像できずにいた。クライセンなら正しい判断をすると信じており、もし彼が何かを望むなら協力する。そう決めて、いつか来るであろう「決断」の日を、気長に待つことにしていた。 クライセン本人は未だ、本心を見せなかった。ただ、自分をずっと、強く思うティシラを傍に置くということは、それなりに好意があるのだと思う。昔の彼なら人の気持ちなど考えずに無情に傷つけることもあった。しかし今は違う。今はこの穏やかな時間を楽しんでいる。誰も見たことのなかった安らいだ表情を浮かべる姿を、「家族」は何度も目にしてきた。 変化は望まずともやってくる。 自ら求めず、今ある一つ一つを思い出に残している様子だった。 ***** ある日の夕刻、マルシオが改まってクライセンに話を持ちかけた。 「あのさ、今度、ここに友達を呼んでもいいかな」 書斎にいたクライセンは別段驚きもしなかったが、返事は冷たかった。 「友達って誰? 君に友達なんかいたか?」 そう言われてマルシオは少し悩んでしまった。彼は本当に友達だっただろうか? そもそも友達とはどういうものなのだろう……いや、今そんなことを問答している場合ではない。マルシオはクライセンの皮肉にむっとしながら話を続けた。 「嫌な奴だな。いつも話してるだろ。カームだよ。サイネラ様の弟子の」 サイネラの七番目の弟子、カームという魔法使いのことだった。サイネラにもらったメガネを大事にしており、すぐ指で触ってしまう癖のある少年だ。 マルシオが何度か、ティオ・メイの魔道の講習会に通っているうちに、親しくなった友達だった。修行を始めてから、マルシオは勉強のためにあちこちの講習会や資料館などに足を運ぶようになった。時々はティシラが、極稀にクライセンも同行することがあるが、二人とも真面目に付き合う気はなくすぐ茶化してくるため、一人で行動することが多かった。そうしているうちに、何かのきっかけで声をかけられることもある。しかしマルシオは人見知りが激しく、そのうえ自分の身の上のことはほとんど言えない。話もうまいほうではなく、結局逃げるように人との関わりを避けてしまうのだった。 そんな彼に、めげずに話しかけてきていたのがカームだった。カームは若く、まだまだ未熟な魔法使いだった。それでもティオ・メイの魔法軍最高司令官のサイネラの弟子というだけで一目置かれる。何かの才能があるのだろうが、実践を見ても話してみても、彼の中に何が眠っているのか見当がつかない。マルシオもそう思っている者のうちの一人だった。 カームの存在のせいで、マルシオは不快な思いをしたりクライセンと喧嘩になったこともある。だけど彼のおかげで気づいたこともあり、お互いに大事なことを隠したまま、いつの間にか親しくなっていたのだった。 カームは素直で人懐っこく、優しい性格だった。だがなぜか、彼もまた友人が少ないようだった。同じ場所で同じ志を持つ魔法使いとはうまく付き合っている様子だったが、マルシオが知る限りでは、彼はいつも一人だった。 本人に訊くことはできず、クライセンに話してみたことがあった。最初クライセンは、本人のことを何も知らないのに分かるわけがないと冷たかったが、しばらくして少しだけ答えてくれた。 「若くしてサイネラの弟子だからだろう。理由はあるはずなのに、その理由を誰も知らない。だから自然と猜疑心を抱いてしまうんじゃないのか」 それと、妬みもあるのだと思うと、クライセンは言った。そういうものなのかとマルシオは理解を示した。 「理由って何だろう」 「言えないんだろ。だから人が避ける」 「どうして……」 これ以上はクライセンに訊くべきことではないと、マルシオは判断して黙った。 それに、自分も「魔法王の弟子」であることは隠している。クライセンの指示どおり、マルシオは「アース」という存在しない魔法使いの弟子だということになっている。マルシオに興味津々だったカームも、彼の師匠についてはそれほど質問しなくなった。気を使っているのが分かった。自分は世界的に有名な魔法使いの弟子であるのに、マルシオはの師匠は無名。あまり触れると失礼になると思ったのだろう。 最初は面白くなかった。しかし「自慢したいのか?」と自問自答してみると、答えは簡単に出た。師匠が誰だろうと、本人の能力がすべてだ。カームが自分を慕ってくるのは師匠が魔法王だからではない。マルシオ個人に親近感を持ってくれているのだ。お互いに秘密を持っていることをどこかで感じ取っているのかもしれない。だけどそれを明かさなくても友達になれる。カームはそれを喜んでいるのだと思う。 そうして二人はゆっくりと仲良くなっていった。マルシオも次第に自分の魔法使いとしてのレベルや誰が師匠なのかなど気にしなくなっていた。 だがある日、カームが何気なく口にした質問で、マルシオは追い込まれることになったのだった。 「マルシオは、どこに住んでいるの?」 この一言で、マルシオは体が固まった。とりあえず「クルマリムっていう町の近く」とだけ答え、それで終わると思っていた。しかし好奇心旺盛なカームがその町の名前を知らないわけがなかった。 「そこ、魔法王の屋敷がある町じゃないか!」 しまった、と思いつつも、マルシオは余計な言い訳をしてしまう。 「いや、クルマリムじゃない。町を抜けて、その外らしいから俺はよく知らな……」 「もしかして、行ったことあるの?」 「な、ないよ」 「ないの?」 「ない。その屋敷の周りは魔法がかかってて、誰でも行けるわけじゃないらしいし」 「詳しいじゃないか」カームは察したように、声を小さくした。「本当はあるんだろう?」 「ないって言ってるだろ……」 「隠さないでくれよ。探しに行ったんだろう? どうだった? 屋敷は見つかった?」 マルシオはもう気まずさを隠せなくなっていた。青ざめて目を逸らしている様子は、誰が見ても怪しい。 「もしかして」カームは逃げ腰の彼に、顔を近づけ。「屋敷に行ったことがあるんじゃないのか? だから隠そうとしてるんだろう?」 分かっているならこれ以上は問い詰めないでくれと思うマルシオだったが、まさかその屋敷に住んでるとまでは予想できないカームは容赦しなかった。 「魔法使いがそんなところに住んでて興味持たないわけがないじゃないか。ねえ、教えてくれよ。僕にだけ。誰にも言わないから」 「……わ、分かった」マルシオは必死で考えながら。「そうだよ。探したよ。でもなかったんだ」 「ええ? 何も?」 「うん……町の外は森があるだけで、何もなかった」 「その森の中に、屋敷があるのかな」 「そうかもな。でも俺は知らない」 「そっか……」 やっとカームが諦めたと思ったが、次の展開が待っていた。 「じゃあ、一緒に探しに行ってみようよ」 マルシオの背中に冷や汗が噴き出た。 「今度サイネラ様にお休みをもらうから、君の家に呼んでくれないか。そのとき、一緒に魔法王の屋敷を探しに行こう」 マルシオは断る理由を考えるが、混乱して目眩を感じた。そんなことはつゆ知らず、カームは無邪気に計画を立てていく。 「クルマリムなら日帰りは厳しいから、三日くらいお休みをもらうよ。可能ならマルシオの家に泊めてもらえるかな? そうだ、君の師匠にも挨拶しないといけないね。どんな人だろう。楽しみだなあ。ああ、手土産は何がいいだろう」 「……だ、だめだ」 「え? どうして」 「……散らかってて」 「なんだよ、そんなこと。今日明日って言ってるわけじゃないんだし」 もう何も言えなくなり、マルシオは無理やり笑った。 「でも本当に君の家が無理なら、僕は町に宿をとるから大丈夫だよ。目的は魔法王の屋敷探しだから。だったらいいだろ?」 こういうとき、マルシオの口下手さとカームの人懐っこさの差が如実に浮彫になる。マルシオはこの場はそういうことにして、逃げるように帰ったのだった。 Copyright RoicoeuR. All rights reserved. |