MurderousWorld
30-Oath




 ノースは分かっていながら、軽い口調でとぼけた。
「君たちも来たのか」
 グラスは、ランには見向きもせずにラグアに問う。
「俺たちでもまだ足りないか?」
「お前たちまで……こんなことをして」
 最後まで言わせずにグラスは続けた。
「安心しろ。俺たちは何もしない。ただ、今から起こることをこの目で見届けたいだけだ」
 ラグアはこの空間から目を背けたいかのように瞼を落とした。しかし目を閉じてもそこにあるのは現実だけだった。逃れられないと、覚悟を決める。
「……分かった」薄く目を開け、目線をランに移す。「受けて立とう」
 一瞬にして空気が変わった。サクラが用意していた一本の剣をラグアに投げ渡す。ラグアはそれを受け取り、腕にかかる重量感を味わった。
「それが何か分かるよな」サクラの低い声が空間に響く。「お前が、大事に育てた部下の残したものだ」
 当然、という言葉をラグアは飲み込んだ。
「それですべてを終わらせろ」
 ラグアはここで初めて、ブラッドを失ったという事実を肌で感じ取った。これでいいと思っていた。なのに、今になって後悔の念が押し寄せ、それを否定できない自分に気づく。
「昔……ある祝辞の記念に私が剣をプレゼントした。名のある高価なもので、これでもっと自分を磨けと、冗談まじりに言った。だが、彼はあまり喜ばなかった。せっかくの祝いなら、こんなものよりもケーキのほうがいいと言ったんだ……私は理解に苦しんだ」
 圧し掛かるほど重い空気の中で、ナユタが吹き出した。
「さぞかし、苦労したんだろうな」
「その通りだ……彼の管理は大変だった。きっとこうだと、確信を持って接したことのほとんどが通じなかった。やっと扱い方が分かってきたところだったんだ。やっとだ……やっと、せっかく、手に入れたものだった。どうやら得たものより失ったものの方が大きいようだな。惜しいことをしてしまった」
 ラグアは剣を握り締めた。彼が初めて人前で人間らしい感情を露わにした瞬間だった。
「あいつを操ることで必死になっていたのかもしれない。それがうまく行き始めたことで、あいつはもう私に逆らわないという自信で、必要以上に欲張ってしまったのだな」
 ランは黙って自分の剣に手をかけ、ラグアの準備が整うのを待った。
 その時間は長くはかからなかった。ラグアは俯いたままコートを脱ぎ、いつもの貫禄のある制服姿で剣を構えた。
「……武器を握るのはとても久しい。あの時代に身に付けたものを、まだ体が覚えていてくれればいいが」
 言いながら、昔を思い出そうとした。しかしすぐにそれをやめてふっと笑った。
「その必要はないな」ランに目を合わせ。「裁かれるのは、今現在の私が犯した罪なのだから……」


 鋭い、触れれば体中が引き裂かれてしまいそうなほど鋭いものが二人を繋いだ。構えられた二つの剣の切っ先は同じ角度に傾いていた。始まる。そこにいた全員が息を潜めた。
 目に見えないほど速く、二人は位置を入れ替わっていた。剣は横に振られていた。どちらも掠りさえしていなかった。今の一太刀は、互いに相手との距離を見極めるためのもの。すぐに向き合い、今度はそれぞれの型で剣を交えた。
 暗い空間で、鉄がぶつかるたびに散る火花は目に残像を残す。どちらも、まるで剣を体の一部のように、思い通りに操っていた。
 ラグアは現役を引退してだいぶ長い。これで鈍っているというのなら一体彼がどんな功績を残してきたのか、想像できなくないだけに寒気を感じる。
 そして、それを見事に受け躱しているランの太刀捌きも見事としか言いようがなかった。彼の実力は実績の数字や普段の態度から窺い知れているものの、実際戦っているところを目にできる機会はないに等しい。ランは持つ技術のすべてを出して交戦している。当然である。手を抜ける相手ではないのだから。いずれにしてもこれが最後なのだと、誰もが固唾を飲んだ。もちろん本人もそのつもりでいる。
 こんな戦いは滅多に見られるものではない。じっと見守っている者の全員の血が、静かに温度を上げていた。不謹慎なのは承知で、心が湧かずにはいられなかった。瞬きする瞬間さえ惜しいと思う。この戦いの理由など忘れてしまうほどだった。どの動きも相手の急所を狙っているというのに、どれも肉には届かない。衣服のあちこちが、まるで鎌鼬が通ったかのように解れたり小さな裂け目を作っているが、そこにはまだ一滴の血も流れていなかった。
 しかし、ずっと続いていきそうなこの時間は、一瞬で結末を迎えることとなった。
 ラグアの剣が一文字を描き、ランが体を引いた次の瞬間にラグアは素早く剣を逆手に持ち替え、速く真っ直ぐに突いてきた。避けられない、とノースたちの心臓が大きく脈を打った。ランも同じことを思い、避けることを諦め、左腕でそれを受け止めた。
 ラグアの切っ先がランの腕に刺さった、それとほとんど同時にランは剣を大きく振り下ろした。嫌な音を立てて、腕が一本、床に転がる。ラグアの利き手だった。ランの腕に刺さった剣は抜け落ち、少し遅れて虚しい音を立てる。
 二人の息は上がっていた。お互いの目を見つめあうそこには、もう何の感情もなかった。ランは下ろした腕を、同じ軌道に沿って振り上げた。その数秒後にラグアの呼吸は止まり、裂けた胸から血飛沫を上げながら倒れた。


 静寂の中、ランの吐く息の音だけが残った。戦いが終わると一同の気持ちは下がり、喜びも虚しさも何もなかった。これでよかったのかどうか、その答えを出せることができる者はどこにもいなかった。
「ラン」
 止まってしまったかのような時間を遮ったのはノースだった。
「今日はもう帰って、怪我の治療をしてゆっくり休みなさい。君の処分は、後日伝える。それまで自宅で謹慎していなさい」
 ランは返事もせずにラグアの亡骸を見つめていた。ここから動きたくなかった、動けなかった。いつもそうだ、と思う。何かをきっかけに込み上げた闘争心は、いつも止めることができない。今まで誰にも負けたことなどなく、これからも負ける気がしない。そんな自分の力が、恐ろしかった。いつもそう、こうして誰かを殺した後には得体の知れない恐怖に包まれるのだ。そして自分を責め続けた末に出てくる言葉は、いつも同じ。
 ――また、死ねなかった。
 それは自分ではなく、他の、目に見えない何者かに囁かれているような感覚だった。
「ラン」
 少し強い口調でノースに呼ばれ、ランは我に返った。荒れた呼吸は肉体的な疲労からではなく、精神を圧迫する自責の念からのものに変わっていた。それを隠すようにランは汗を拭いながら顔を背けた。今は誰とも話せる状態ではない。ノースに従い、剣を鞘に収めながら暗闇の中に消えていった。
 その背中を見送りながら、グラスは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……また、お前に先を越されたようだな」


*****



 ノースから呼び出されたのは三日後のことだった。話し合いが相当揉めたということは、自宅で謹慎していたランでも想像できた。どんな結果が出たにしても自分にとっていいことは一つもないのだろうと思う。すべては自分が選んで決めたこと。逃げるつもりは当然なく、何を強いられても受け入れると覚悟を決めていた。
 しかし、突きつけられた「罰」は、いろんな予想を巡らせたランでも考えられなかったものだった。
 ノースの司令室でランは立ち竦んだ。
「聞こえなかったのか?」
 あれだけのことがあったにも関わらず、ノースはいつもと変わらない様子だった。
「ラグアの後継者として、お前に第四管轄の司令官を勤めてもらうと言った。意味は分かるな」
 もちろん、分かる。分かるからこそ二つ返事ができなかったのだ。流れ出る汗を拭いながら、落ち着こうとランは椅子に腰掛けた。
「そのことも、ブラッドとお前の後任者も決定している。考えても無駄だぞ」
 それも分かっている。ランは深く息を吸った。
「……それが、俺に与えられる罰ということか」
「罰? どうしてそう思う」ノースは淡々と続ける。「これは昇格だ。上部にはラグアを殺したのは外部の暗殺者だと伝えたんだ」
「なんだと」
 ランはノースを睨むように目線を上げた。
「お前が持ってきた刺青の入った手首も利用させてもらった。殺された暗殺者の遺体も探し出し、一晩ですべてを繋げて嘘の証言を作り上げるのは大変だったが、うまくいって安心したよ」
「何のために、そんなことを」
「そうしなければお前の首が、文字通りに刎ねられることになる」
「俺を庇ったつもりか」
「違う」ノースの目から笑みは消えていた。「……言っただろう。お前を失うのは惜しいと」
「――――!」
「ラグアは正当な罰を受けたまでだ。どうして裁いたお前まで殺されなくてはならない? それに、一度に三人もの有能者がいなくなることが組織にどれだけの損害を与えるのかくらいは分かるだろう。それをできるだけ防ぐための最善の方法だったと私は思っているよ」
 ランの背筋が凍った。
「もちろんそれだけじゃない。お前には司令官としての素質がある。経験、実績、実力だけじゃない。その人を従わせる人格。今すぐである必要はなかったかもしれないが、条件を満たしていても席が空いていなければ座りようがない。これはきっかけに過ぎない。もし、ゼロの呪いというものがあるとしたら、これがお前の変化だ。迷う必要はない。受け入れるんだ」
 なぜ、このこと考えることができなかったのか、後悔する。ノースはずっとこうなることを待って、こうなるように計算していたのだ。何もかもが彼の思い通りになっていた。それも、冷静さを欠いて隙を作った自分の愚かさがそうさせたこと。常に警戒を忘れないように努めていた。なのに、時折箍が外れてしまうと盲目になってしまう、自分の悪い癖だと思う。悪い癖などで済む問題ではなかった。
 想像以上の、最悪の罰が下った。
 ランは逃げるでも受け入れるでもなく、逆らうことのできない流れに身を任ようと決めて目を伏せた。


 その日、組織に三人の人事異動の知らせが伝えられた。
 数日、ブラッドだけではなく、ラグアとランの姿も消え、任務の指示さえも代理を立てられていた。仕事にまったく支障を来たさないわけではなかった。とにかく、早くブラッドの変わりを決めて欲しいと二級者たちは騒いだ。当然不安はそれだけではない。確実に何かが起こったのだと、勘の鋭い者でなくても予感できていた。
 昨日、先延ばしにされていた取締り関係者の訪問があった。それを見かけた者が流した情報は広まり、今日こそは体制が調えられるはずだと誰もが心構えていた。
 ルークスも同じ気持ちだった。あれからランから音沙汰はなかった。気が気ではなかったのだが、何を考えても想像の枠を超えることができないことに気づいて平静を装い、彼に言われたままに時を待った。任務の指示は特になかったが、未だ騒然としている本部に顔を出していた。
 先ほど、各管轄の二級者の代表が収集されていた。今度こそと、誰もが気が逸った。そして、一時間ほどが過ぎた頃、新しい体制の発表が始まった。一人の二級者が一枚の紙を手にロビーに現れた。彼の顔色は、なぜか暗かった。
 人が群がる中、連絡用ボードにそれは貼り出された。担当の二級者は紙の前からすぐには退かずに振り向いた。
「先に言っておくことがある」彼は室内全体に聞こえるように声を張った。「第四管轄のラグア司令官が死亡した」
 そこにいた全員が耳を疑った。ざわつきを止めることなく、話は続けられた。
「事故だ。詳しいことは、お前たちが知る必要はない。ここにあるのは第四管轄の司令官の後継者も含めた決定だ。異動は、三つある。突然のことで戸惑うかもしれないが、これからの組織はここに決められた体制で動くことになる。すべて取締り役が認証した事実だ」
 妙にくどい彼の言葉に不審感が募った。それに、気になることがある。変動は「三つ」と彼は言った。一つはブラッド、もう一つはラグア、では、もう一つとは何のことなのだろう。二級者が立ち去ったすぐ後に、室内は更にざわついた。貼り出されたそこには、誰も想像していなかったことが書かれていたからだ。
 ルークスも言葉を失い、頭の中が真っ白になった。


 第四管轄司令官ラグアの後継者は、第二管轄一級者ランであると記されていたからだ。
 見間違いか書き間違いではと次の項目に目を移す。そこには第四管轄と、何の前触れもなかった第二管轄の一級者の異動が確定されていた。
 司令官の後継者は別の管轄からの昇格であることは珍しくはなかった。あまり一級者のことを知らない一同は、なんらかの理由でラグアが死亡し、その代わりにランという一級者が昇格したのだとしか考えなかったのだが、ただ、上部の人事がこれほど一遍に動いたことには驚きを隠せないでいた。しかしこれでやっと落ち着くのだと、しばらくして騒ぎは収まり始めていた。集まっていた者はそれぞれの思いを胸に、散り散りに解散していく。ロビーに留まった者の数名はいろんな想像を持ち寄って噂話をする場面もあった。


 その中で、ルークスは一人で立ち竦んでいた。一体、何があったのだろう。これが彼自身の選んだ現実なのだろうか。またランから連絡はあるのだろうか。なければ、これ以上を知ることは不可能と諦めるしかないのだろうか。
 頭の整理ができないでいるルークスに、彼の先輩にあたる二級者が声をかけてきた。
「ルークス」
 ルークスは我に返って振り向いた。
「任務の指示がある。指定されたところへ行って話を聞いてこい」
 そんな気分ではなかったのだが、無視するわけにはいかない。言われるままに、重い足を運んだ。


 ルークスに伝えられた場所は、彼の管轄の第五司令室ではなく、ランの座る第四管轄のそこだった。無階級者が司令室に呼び出されることは珍しいことなのだが、心当たりのあるルークスはすぐに彼の元へ走った。そして、ランの顔をみるなり、やっと会えたと体中の力が抜けてしまいそうになった。
 やはり、通達は間違いでも何でもなく、ランは突然司令官になってしまっていた。司令室のデスク越しに、まだ馴染んでいない制服を身に纏った彼が調子悪そうにルークスを迎え入れた。
「驚いたか?」
 呆然としているルークスに、ランは苦笑いを浮かべた。
「あ、当たり前だ」ルークスは声を絞り出した。「一体何があったんだ。どうしてお前がここにいる。それに、ブラッドはどうなったんだ」
 机上に身を乗り出してくるルークスに、ランは椅子に座るように諭した。ルークスは困惑を隠し切れないまま腰を下ろす。
「ブラッドは死んだよ」ランは語り出した。「任務で敵と相打ち。それは別に不自然なことじゃない」
「不自然なことじゃないって……」
「いいから黙って聞け。それで、いろいろあってラグアも死んだ。だから俺が代わりにこの席に座るように命令された。結果的にはノースの独り勝ちってところだな」
「……ノースの?」
「ラグアを殺したのは俺だ」
 ルークスはまた思考回路が切れた。なぜ、と口を開く前にランは続ける。
「あいつはルールを冒した。だから俺が殺した。そして俺も、司令官殺害の罪で相応の処分を受けるつもりだった。その処分というのが、ラグアの後を継ぐことだった」
 ランは目を伏せて、苦悩の表情を浮かべる。
「ノースにはめられた。ラグア殺しの犯人を偽装して俺を無理やりここに座らせたんだ。正直、俺は震え上がったよ。殺してくれるか、それ相応の苦痛を強いられるものだと思っていた。だが、そんなものではなかったようだ」
 ルークスはランの言っていることが理解できなかった。昇格することがどうしてそんなに辛いのか、上を目指す者ならば光栄なことではないのだろうかと思う。
「……これで、俺は組織から完全に逃げられなくなった」
 ランは思い詰めた表情を隠しもせずに、素直に愚痴を零す。ルークスにはその理由が分からなかったが、急に彼との間にあった距離が縮んだような気がした。だが慰めの言葉など思いつかない。かと言って茶化せる状態ではないことも確かだった。ルークスも、素直に思ったことを伝えた。
「なんで、俺にそんな話を?」
 もっともな質問だと、ランは少し肩を落として目を逸らした。
「……まあ、他にこんな話できる相手なんかいないからな」
 そんなことかと、ルークスは拍子抜けした。自然と空気が軽くなった。
「俺をナメてるってことか」いつもの生意気な顔を造り。「いいのか。もしかしたらお前がラグアを殺したって言いふらすかもしれないぜ」
 ランも目を細める。
「お前みたいな雑魚の言うこと、誰が信じるか」
 ルークスはむっとするが、言い返せなかった。不貞腐れる彼の態度が可笑しかったのと、ランは僅かでも誰かに気持ちを吐き出せたことで心が楽になったことを感じた。思い悩んでいても何も解決はしないのだ。分かっていてもいつも考えてしまう。やはり自分は常に逃げ道を探して確保しておきたいだけなのかもしれないと思う。あの時、ラグアに言われた通り。
 それが本質ならば、逆らわずに続けていた方が気が楽だ。なぜここにルークスを呼んだのか、その理由も分かっていた。
「お前に、頼みがある」
「え?」
 唐突なランの言葉に、ルークスは顔を上げた。
「俺の手足には、重い鎖が嵌められた」
 ランは自分の両手を開き、手のひらを彼に向けてみせた。
「だから、ルークス、お前が俺の手足になってくれないか?」
 ランの口元は笑っていたが、その目は深く刺されば抜けないほど鋭かった。
「今はまだ雑魚のお前にだから言えることだ」
 ルークスはそれに捉まり、動けなかった。自分に選択権はないのだと悟る。
「お前が昇格するとき、俺の下に就かせる。そして、ゼロ戦術を身に付けろ」
「ゼロ……」
「猶予は昇格して三年。それまでに、人の命を思い通りに操れる力を手に入れるんだ」
 ゼロの力はこの目で見た。その計り知れない壮絶さ、奥深さ、強大なだけではない繊細さのすべてを。常人は関わることもなく、信じさえしないかもしれない。あんなもの、欲しいだなんて考えもしないだろう。
 だがルークスは違った。
「できるか?」
 そう挑発するランに「できない」などという言葉は口が裂けても出てこない。断る理由はなかった。やっと、生きる的確な目的が見つかったと、秘めていた野心が燻り始めた。
「三年? そんなにかからねえよ」
 ふんと鼻で笑うルークスの台詞は、ここに誓いを立てた証しとなった。
 これでいい。ランは今初めてこの椅子に座ったという感覚を体中で噛み締めた。一つが終わり、そして新たに始まった。先延ばしにされた寿命が尽きる日まで、じっと運命に従い続けるつもりはなかった。逆らうことが自分の生きる理由だと、ランは心に決めた。
「そんなことは、できてから言え」
 きっと彼を「友」と呼べるときが来ることを予感した。それまで、ルークスは自分が守ると、言葉にはせずにここに誓いを立てた。


 その後ルークスは誰もが驚く飛躍を遂げ、五つの年を経てランの右腕となった。その一年後には「天才」とまで呼称されるようになり、更には「死神」の異名を科され、誰もが彼への目線を羨望から恐れへと変えていった頃、ルークスは突然姿を消した。


 その半生は決して幸せではなかった。しかしルークスには何の未練もなかった。自分にできる精一杯を成し遂げたのだと、揺ぎ無い自信を持って「彼」に会いに行くことができたことを知る者はいなかった。 <了>



   




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