MurderousWorld
07-DeathWarrant




 その日の夜、ランは直属の司令官ノースに呼ばれて話をしていた。
 ランはデスクを挟んでノースの向かいの椅子で足を組み、渡された資料に一通り目を通していた。ノースは現在の司令官の中では最年長である。口ひげを生やし、制服姿も定着しており落ち着いて見え、年齢の分だけ知識も経験も豊富で誰からも信頼される人物だった。
 ランが手にしているのは、ここ数ヶ月の間に組織に入ってきた新人たちの資料だった。
「外部と孤児院から、合わせて四百三名。全員基準は満たしているが、年齢や体格、能力の差は様々。だが数字だけではすべてを判断することはできない」
 ランはノースの言葉を聞きながら、資料をデスクに置いた。
「そうだな。誰がいつどこでどんな芽を出すか、眠ったものを開花させるかは予測できるものではない。つまり……」
「運だ。冒険屋にもっとも必要なもの。しかし今回はいつもより新人の数が多い。一人ひとりを教育し、持つ潜在能力を探り引き出していくのは困難だと、そう思わないか?」
 ランの答えは「イエス」だが、それを口にするのを躊躇した。
「俺に何をさせるつもりだ」
 警戒を露わにするランに、ノースは分かっていたかのようににこりと目を細めた。
「そんなに難しいことじゃない。今お前が担当している戦場があるだろう。そこに新人たちを送り込ませたいんだが、そのことを現地にいる部下や関係者に伝えて指示を出して欲しいんだ」
「アステリアの鉱石戦争か。そんなところに新人を送ってどうする?」
「そこで若者たちの運を試したい。生き残った者だけを、改めて組織に迎え入れる」
 ランは小さなため息をついた。断る理由はないのだが、受けるとなると面倒が増えそうだからだ。
「依頼主が了承するだろうか」
「まだ話していないが、新人の分の報酬を取るつもりはない。依頼側としてはタダで人員が増えるのだから嫌だとは言わないと思うがな」
 確かに、と思う。アステリア戦争の援護の依頼主は、軍資金を節約するためにあえて一級者を希望しなかった。国の資源保有権を巡る争いであるにも関わらず、ここで思い切れない国王に呆れることもあったが、一級者を動かすにはほぼ確実な勝利を手にできると同時に、莫大な資金を要する。アステリアはあまり大きな国ではない。この戦に勝利し、鉱石を独占できて初めて金を稼ぐことができる国になるのだが、現時点でも大きな借金を抱えている状態にあった。冒険屋を数百名雇うのが精一杯なのが現状である。
 そのことを理解したランは、同情も含めて自分の有能な部下を貸し出し、本来は現場のトップがすべての指揮を担うのだが、時々連絡を繋ぎ、状況を確認しながらできる範囲で指示を出すこともあった。さっさと終わらせて戻ってきて欲しいと思うこともあるが、敵と勢力は同等で既に一ヵ月が過ぎ、犠牲者も少なくはなかった。
 アステリアはそのような中途半端な状況にあった。資金を出し惜しむ依頼主のことだ。ここで無償で人員を貸し出すと言えば断る理由もなく喜んで受け入れるのだろう。例えそれが「使えない新人」だと知ったとしても、デスナイトが別の目的で状況を利用しようとしていることには気づかずに。
「そう簡単に言うが……ほとんどが戦争経験も、訓練も受けていないただの悪ガキじゃないか。こんなものを戦場に送り込んでも足を引っ張るだけじゃないのか。これで状況が悪化したら誰が責任を取らなければいけないと思ってるんだよ」
「ただ暴れてもらうだけでいいんだよ。そこで能力の有無を判断する必要はない。本人たちには伝えないが、ただ生き残ればいいだけ。正式人員の邪魔になるようなら排除すればいい。それも運の内だ」
「それはちょっといい加減すぎないか? ガキ共は初仕事だと張り切るだろうからな。最初は意気込んでいるだろうが、実際、殺し合いの現場に出て冷静でいられるとも思えない。あんたの言い分だと、勇敢に立ち向かった者よりもビビって逃げ回った方が生き残る可能性が高いわけだ。そんな篩いのかけ方でどれだけの戦力が得られるかが問題じゃないのか」
 ノースは口ひげに少し指で触れながら、微笑んだまま答えた。
「私は別に全員死んでも構わないと思うが?」
「…………」
「この中にお前が惜しいと思う人材でもいるのか? そうならどれか教えて欲しい。こんな紙一枚でお前の目に適う者がいるのなら相当な逸材だ。それは大事にしないといけない」
 ノースはこうしたやり方で人を操る。ランはそんな彼の癖も知っているほど付き合いは長い。今更腹は立たないが、優しい口調でありながら言い出したら聞かないところには嫌気が差す。
「そんなことは言ってない」ため息をつきながら。「全員死んでもいいやり方を組織が認めているなら構わないと思うが。だがどうして俺の管轄でそれをやる?」
「それはたまたまだよ。アステリアは予定より長引いている。かと言って劣勢というわけでもないしな。遠征している人員も退屈しているところだろう。刺激になるかもしれないし、ちょうどいいんじゃないかと思うんだが、どうだろう」
 どうと聞かれても、ランは自分にあまり選択権はないと思う。提案を進める方向で、改めて資料に手を伸ばした。
「……全員が裏を希望しているわけではなさそうだが、嫌だと言う奴はその時点で排除か?」
「いや、それに関してはまた別だ。表希望者は数が少ないが、どう扱うかは担当が決めるだろう。まあ、いずれにしても表にまでお前が関わることはないから気にしなくていい」
 表――殺しの絡まない、一般的に「何でも屋」と呼ばれる冒険屋。何かしらの事情を抱えながら純粋に平和を願うものが希望する職種ではあるが、現実はそれを貫いていくことは難しかった。経済面を考慮して後々裏に移動してくることも、戦争や争いの多いこの時代、無理やり戦場に駆出される者も珍しくはなかった。だがこの時点で表を希望している者は、遊び半分と思える危険な運試しに参加しないで済むのだ。これも幸運の一つなのかもしれないとランは思った。
 それにしても、ここまで具体的に計画されているのであれば、ランは断れない。あからさまに迷惑そうな目線をノースに投げる。
「……分かったよ。それなら動かす新人に早く話をして、人数を確認してくれ。俺も一応向こうに状況を聞いておくから、現地に向かう手段や可能な日時等、ある程度予定が立ったら、また知らせてくれ。それでいいな」
 最後まで言い終わらないうちに席を立つランを、ノースは笑顔で見送った。
「頼んだよ」
 ノースは資料を手に取り、ファイルに纏める。
 その中には当然、「ルークス」のデータも含まれていた。


*****



 次の日、新人の運試しについて臨時の一級会議が開かれた。本日集まったのは四名だった。
 今回はランが仕切ることになる。一つ空いた席に気づき、ランは誰にともなく問う。
「ブラッドは?」
 隣からグラスが答える。
「急な仕事が入ったらしい。明後日には戻るそうだ」
 ランは少し口角を落とした。そうならそうと誰かが先に教えてくれればいいのにと思う。しかし全員が席に腰を下ろしてしまっている以上、今更後日に変更というのも鬱陶しい。それほど重要な話でもないし、詳細は決まってから各々の司令官から通達があるだろう。ランはそう考えて話を始めた。
「アステリアの戦場に新人が送り込まれるらしい」
 前置きもなしに、簡単に説明を進める。やはり誰も興味はなさそうにしているが、いつものことだとランは気にしなかった。
「単なる運試しだ。生還できた者が俺たちの下につくことになるらしいから、そのときには人材の使い方を多少は把握しないといけないことになる」
 一通り話が終わったところで、ナユタが肩を揺らした。
「それってさ、全員死ぬかもしれないってことか」
 説明の途中から、誰もが勘付いていることだった。グラスは呆れたような表情を浮かべていた。
「そうだ」ランは冷静に続ける。「現在アステリアは長期戦に入り、どちらも様子見状態だ。人員が増えることによって状況が変わらないとも言い切れない。そのことは俺が現地の責任者と話し合っていくことになる」
「じゃあ俺たちは別に関係ないんじゃないのか」
「ない。今はな。しかしこれが運試しであることは内密に。それだけを注意することだ」
「はいよ」
 軽い返事をするナユタに続き、サクラが口を開く。
「ところで、こないだ話していた問題児はどうなった」
「今のところ」グラスが答える。「特に聞かないな。ただ、最近ブラッドの部下が街で暴れたらしいが」
「ブラッドの?」と、ラン。
「詳しくは知らないが、デスナイトの新人と揉めそうになって、それをブラッドが止めたとか」
 寄りにもよって、どうしてこの場にいないブラッドの話題が出るのかと、ランは少々苛立つ。
「なぜそんなことになったのか、本人に聞いておいたほうがいいかもな」
 つい最近、彼とはバカバカしいやり取りをしたばかりだった。ランは、あんな下らないことをする暇があるならもっと実のある話をしてくれればいいのにと、改めてブラッドの的外れな言動にうんざりさせられていた。
「とりあえず」とナユタ。「その問題児が誰かは知らないが、いずれにせよそいつも運試しに参加させられるんだろう? だったら、そいつがもし帰ってきたら、そのときに考えればいいことじゃないのか」
「まあ……そうだが」
 会議はもう終いだと、ラン以外の一同は既に解散の体勢に入っていた。ランも、次の会議は運試しが終わった後だと、痛む頭を抑えて締めに入る。
「ブラッドには俺が説明しておく。そのときに新人と何か接触があったのかどうかも確認しておこう」
 席を立ち、グラスがランの肩を軽く叩いた。
「お疲れ」
 心無い労いの言葉に、ランは感謝などしなかった。他人のことに興味を持たないのは一級者によくあることとは言え、自分に面倒が降りかかったときは、少しは協力してくれてもなどと都合のいい感情を抱く。新人が何人死のうが知ったことではないが、それ以上の問題は起きないでくれと、ランは腰を上げながら信じてもいない神に祈った。



   




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