MurderousWorld
08-Preparations




 ブラッドは急な仕事が入ったために三日ほど組織から離れていた。その間に一級会議が開かれたことは司令官のラグアから連絡があったのだが、急ぐことでもなく、内容は後からランに直接尋ねるようにとだけ聞いていた。
 ラン以外の一級者だけでなく、ノース以外の司令官もあまり今回のことには関わろうとしていなかった。運試しはノースが提案したものであり、これから先、使い物にならないかもしれない人員を今のうちに削除できることに誰も反対しようとしなかったのだ。
 今仮に人並みはずれた能力があったとしても、運がなければ何も為しえないままどこかで息絶える可能性が高い。冒険屋には力と運の両方が必要だった。
 正確に言うと運さえよければいいのではなく、「強運」を自ら引き寄せる「力」を求められるということである。組織に配属する者のすべてがそれを持ち合わせているわけではなく、「そうでなければやっていけない」ことを心得た者が、比較的「扱いやすい人材」として重宝されている。理解できない者からは薄情だと非難されることもよくあるが、そんなものを気にしていたらこの商売は成り立たない。割り切るところとそうでないところの判断は難しいと思われるが、慣れてしまえば簡単で楽なものだった。


 ブラッドは会議の内容が何であれ、重要ならばランの方から連絡がくるだろうとあまり気に留めていなかった。ブラッドに関しては、彼の中にしたたかな計算はほとんどなく、組織では変わり者として銘打たれてしまっている。
 ランの心情など知る由もなく、仕事が終わったらエイダとルークスの三人で楽しく食事でもなどと考えていた。そのことで頭が一杯になっており、ブラッドは早速約束を取り付けるべくエイダに連絡を入れていた。話し合いの末、ブラッドが戻れる二日後の夜ならということになった。しかしエイダの方が次の日に朝から仕事が入っているため、あまり遅くまでは遊んでいられないと念を押された。了解しつつ、ブラッドはルークスの都合までは確認しない。どうせまだまともに仕事も与えられない新人に抜けられない予定などあるわけないと決め付けていたのだった。


 その頃、ルークス含む新人たちは組織の一室に呼び出され、担当であるノース直々に「初任務」の指示を受けていた。
 任務内容を知らされ、誰もが驚いていた。冒険屋になるにはかなりの覚悟が必要だとは聞いていたが、まさかいきなり戦場に飛び込まされるとは予想もできてなかったからだ。
 まるで父親のように優しく包むノースの笑顔と声に惑わされ、言葉の裏に潜む残酷な真意には誰も気づかない。戸惑いながらもそれぞれの胸に決意を抱いていた。
 ルークスも一人、誰を信用することも、そして疑うこともなく与えられるものを受け入れる準備を始めていた。


*****



 結局ランは忙しいのと、少々精神的に参っていたのもあり、ブラッドに連絡を入れるのを忘れていた。どこかで、ブラッドもすぐに戻ってくるし、そのときに伝えればいいだろうとしか思っていなかったのもあった。最悪はラグアから聞いていれさえいれば今はそれで済むだろうと軽く考えていたのだ。
 しかし、そんなランへの気遣いなど誰もしてくれないまま、新人の運試しの出発を明日に迎えた。


 仕事を終えたブラッドは本部へは寄らずに自宅へ戻った。彼は新しくも古くもない二階建ての一軒家で生活している。内装も変わったものは特になく、冴えない男の一人暮らしの模範のような空間を生活の拠点としていた。
 少し前まではほぼ毎日のようにここに通う人もいたのだが、もうそのときの影も形も残らないほど彼の中では遠い思い出となっている。
 ブラッドは風呂や着替えを済ませ、落ち着いたところでダブルサイズのベッドに転がって電話を掴んだ。他ならぬ、ルークスを捕まえるためである。直接連絡先を聞いていたわけではないが、ここは特権を使い、ルークスに与えられている仮の人員番号をチェックしておいたのだ。配属が正式に決まるまで個人を識別するためのものだった。これを使えば本部で連絡先を調べることができる。
 すぐに連絡先が分かり、続けてルークスに繋ぐ。ルークスは本部からの連絡かと思ったらしく素直に電話に出た。しかし、ブラッドの声を聞くなり途端に声を低くする。
「なに」
 無愛想な反応などブラッドが気にするはずもなく、明るく用件を伝えた。
「今日の夜、エイダと三人で食事に行こう」
「は?」
「こないだ言ってただろう? 早いほうがいい」
「それはお前の都合だ。悪いが、明日仕事らしいんだ。断る」
「仕事? 組織から?」
「当たり前だ。お前みたいな暇人と一緒にするな」
「暇じゃないよ。今まで仕事だったんだから」
「何の仕事だ」
「そんなことどうでもいいから、今日の夜、絶対行くよ。言っとくけどその気になれば君のうちなんかすぐに見つけられるし、逃げても確実に探し出すからね」
 ルークスは受話器の向こうで、わざと聞こえるようにため息をついた。
「お前、ほんとに気持ち悪いな」
「そう?」ブラッドは邪険にされることに慣れている。「そういうのも今夜ゆっくり話そうよ。エイダも明日仕事らしいからそんなに遅くまで付き合わなくていいからさ」
 めげもせず、しつこいブラッドにルークスは根負けしてしまう。一応彼が先輩なのは間違いないわけで、顔出し程度に付き合ってやることにする。
「……すぐに帰るからな」
 その言葉で、ブラッドは子供のような笑顔になる。
「よし。じゃあ時間と場所は……」
 乗らない返事を返すルークスに構わず、ブラッドは強引に約束を取りつけた。


 そして夜が訪れた。
 浮かれていたのはブラッドだけではなく、エイダもフィアとうまくいき始めてからずっと緩んだ顔のままである。
 不揃いな二人組みの元に、目立つ少年が寄ってくる。二人の姿を見てルークスは一瞬、足を止めた。やはりあの色気の欠片もない二人とでは、一緒に歩くのさえ恥ずかしいと思ったのだ。しかし今更逃げることは許されなかった。反射的に一歩足を引いたルークスは、走り寄ってきた二人に両側から捕獲されてしまう。
 嫌々ながらルークスが連れて行かれたところは、何の変哲もない居酒屋だった。せっかくだからとエイダは高級店に連れて行きたかったらしいが、あまりにも浮いてしまいそうなのが目に見えていたので、人のごった返す庶民的な店を選んだ。ルークス自身も、別にお礼などされたいわけではなく、どちらかというとはしゃぐ二人に付き合ってやっているという気分である。どうせすぐに帰るのだからと気軽な店で十分だった。
 木造の古風な店は混雑しており、ボックスごとに簾で区切ってあるとはいえ、椅子同士の隙間はほとんどなかった。三人は四人掛けのテーブルに案内され、先にルークスを奥に座らせ、ブラッドは遠慮なく彼の隣を占領する。ルークスがくっつくなとブラッドを肘で押すが、エイダの巨体を考えるとこの配置は普通の流れである。まずは乾杯だと、すぐに最初のビールが運ばれてきた。
 景気よくジョッキを鳴らし、エイダから身を乗り出した。
「俺は美形が大っ嫌いだ!」
 いきなり何なんだと、ルークスは肩を竦める。
「大抵は顔しかいいところがないくせに、能力がなくても態度はでかい。ほとんどの奴が俺と向かい合っただけで勝ち誇ったような笑いを浮かべるんだ。一体何がそんなに偉い? たまたま顔の造りがよかっただけで、それが何の役に立つ?」
 そんな話をしにきたのかと、ブラッドも困って作り笑いを零しながら目を逸らしていた。体を傾けてビールを口につけながら、ルークスは横目でエイダを睨みながら呟く。
「……周りが持てはやすんだから、仕方ないだろう」
 ルークスは自分のルックスのよさに自覚があった。謙遜する気も一切ない。エイダはドンとジョッキを机に叩きつけた。
「そうなんだよ。問題は周囲だ。世論だ。特に女だ。女はいつも美形ばかり追いかけやがって、その他の純情な気持ちになんか目もくれない。好き好んで競争率の高い男を奪い合った挙句、弄ばれただの騙されただのと、腹いせに俺たち下層に八つ当たりだ。そのくせ、俺たちがいくら優しくしてもすぐに立ち直ってまた別の美形を物色しに出かけるんだぜ。取り残された者の気持ちも考えろってんだ」
 よほど酷い目に合ってきたんだなとルークスは思うが、共感できることは何もなく、慰めの言葉も持ち合わせていない。冗談で場を和ませようと、ブラッドが口を出す。
「エイダ、さっきから俺たち俺たちって、もしかしてその中には僕も入っているのか?」
「はあ? てめえ、こないだまで女いたくせに、見下してんじゃねえよ」
 エイダに冗談は通じなかった。ブラッドは笑顔を引きつらせる。
「い、今はいないだろ。それに振られたのは僕の方だし……」
「調子に乗るな。一人に振られたからってなんなんだよ。振ったほうの数が多いだろうが」
「そんなことないよ……大体、出会い自体ないんだし。告白されないと振りたくても振れないだろ」
「俺はな、お前のそういうところはどうしても気に食わない」
 エイダはブラッドを指差しながら、ルークスに顔を向ける。
「聞いてくれよ。こいつこんなんで、結構モテるんだよ。頭弱いだろ? でもそういうのが女には可愛いとかで、母性本能をくすぐられるらしいんだ。絶対計算だよな」
 ルークスは黙って返事をせず、目線をブラッドに移した。ブラッドは困り果てている。
「知らないってば。そんなに言うんだったら僕を好きだって言ってくれる女性を連れてきて欲しいよ」
「バカ、誰が連れてくるか。俺は見たんだよ。お前の背中をじっと見つめて泣きそうになってる可哀想な女をな。しかも、いかにも守ってあげたいなんて、そんな表情だ。クソが。誰が教えるものか。まったく、こいつの本性も知らないで、ほんと女はバカだよな」
 そこでやっと、エイダの言葉の端にルークスは興味を示した。



   




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