千獄の宵に宴を



  第八場 闇 



 縁日から三日が過ぎた。
 無事に行われたと思われていたが、次の日にはあちこちで盗難問題が浮上し、騒ぎはまだ収まらなかった。
 気を持ち直して、汰貴は再び一人で町に出た。もちろん、顔を隠して。特別な用事はなかった。その時に、縁日に盗賊がいくつかの宝を盗んだという話を耳に挟み、それがすぐに赤坐の仕業だと分かった。それ以降、盗賊が現れたという情報はなかった。やはり、もう赤坐はここにいないのだと汰貴は思った。
 初めて一人で数日を過ごした汰貴は、不安で寂しくて食事も睡眠もままならなかった。斬太もまったく顔を出さない。それでも死ぬことはできず、気分を変えてみようと町へ足を運んだのだった。
 町は縁日の名残や盗賊の噂で持ちきり、汰貴が気になっている智示の話は聞かなかった。ここではもう定着している、ただの地主の息子である。何か事件でもない限りわざわざ話題にする者もいないのだろう。
 盗賊の影に怯える人はいるものの、町は平和だった。数日後に恐ろしい妖怪が人を殺そうとしているなんて信じられなかった。斬太の話は本当なのだろうか。全部が嘘だとしたら、自分や智示の存在や、赤坐がいなくなった現実が説明できない。それに、彼の言うことは辻褄が合っているのだ。証拠はなかったが、疑う理由もなかった。
 汰貴は盗みなどせずに、手持ちの金で少しの食料を買い物して祠に戻った。


 夜になり、汰貴は今までしてきたように、就寝前の短い経を唱えた。武流に教えてもらったものであり、今日を無事過ごせたことに感謝する意味らしい。この地は修行の世界であり、己を鍛えながら立派な仏になるために辛いこと、苦しいことを越えていかなければならない。つまり、苦労とは有難いものなのである。もし明日が来なかったとしたら、それは神の世界に迎え入れられる準備が整った意味だと考えるのが、昔武流がいた流派の教えだった。汰貴は信じるでも信じないでもなく、もう何年も同じことを続けてきた。赤坐と一緒に。
 どこかで赤坐もこの経を唱えているのだろうか。汰貴は未だ彼に未練を持ちながら、蝋燭の火を吹き消して布団に入った。
 明日はまたくるのだろうか。別にこなくてもいいと思った。極楽に行く資格がないのなら、地獄にでも落としてくれ。
 汰貴は、まるでそこを見てきたかのように極楽浄土を語る武流の話を思い出しながら、浅い眠りについた。


 深夜、庭の森の深いところで、一本の大木が倒れた。その音は汰貴にまで届かなかったが、近くで眠っていた鳥や小動物は慌てて目を覚まして逃げ惑った。
 倒れた大木の隣には、刀を持った赤坐がいた。今までの優しかった面影はなく、まるで別人のように禍々しい気迫を背負っている。刀に鞘はなかった。どこからか盗んだもので、気の立った彼は試し斬りを兼ねて大木に八つ当たりしたのだった。
 赤坐は斬った感触を確認しながら、自分の掌を見つめた。あれから、更に自分の体の異変を感じ取っていた。
 力が漲っている。今の肉体では収まりきらないほどに、強く、忌々しい何かが、内側から湧き出ていた。大木も、普通ならこんな刀一本で、腕を横に振っただけでこんなにもきれいに斬れてしまうわけがない。刀がどれだけ立派なものだったとしても、人間の力で、樹齢百年は超えるであろう立派なそれを一太刀でなぎ倒せるなんて、物理的にあり得ないことなのだ。刃と赤坐の腕だけではない。赤坐の中に眠る見えない力がそれを可能にしている。こんな力、一体何のために使えと言うのだろう。
 これが最高ではない。まだまだ、今は燻っているだけの状態である。これが完全に解放されてしまったら、自分は一体どうなるのだろう。赤坐もまた、汰貴とは違う不安に苛まれていた。
 美しいと思えるほどの大木の斬り口を見つめている赤坐の頭上から、軽い拍手が聞こえた。赤坐は驚くことなくそれを見上げた。そこに、斬太が木の枝に腰掛けて彼の妙技に手を叩いていた。
「見事」拍手を止め、笑い。「あんたはだいぶ、影響受けてるみたいだな」
「斬太か」赤坐は落ち着いていた。「言っておくが、もう俺には怖いものはない。今度は容赦しないぞ」
「おお、怖い」斬太は肩を竦める。「あれか。たった一人の弟を手放して、もう失うものはないってことか」
 斬太が心を読む妖怪であることは承知している。赤坐はそれでも臆することはなかった。肝が据わり、怖いものを知らない本来の赤坐の姿だった。
「……そうだ」
 隠すことも、もうない。そして赤坐もまた、汰貴と同じく絶望しており、いつ死んでも構わないと思っていた。そんな彼の心は隙だらけだった。斬太はそこに付け入る。
「どうして、大事な弟を傷つけた?」
「……お前には関係ない」
 赤坐は僅かに目を揺らしたが、やはり汰貴ほど弱くはない。斬太を睨む目は憎悪を灯した。それでも斬太にとって赤坐は、まだ妖怪の恐ろしさを知らないただの人間である。怯むことなく続ける。
「辛かったんだろ? 心にもない言葉で弟を傷つけ、突き放した。他でもない弟の幸せのために。でもな、そのやり方は間違ってると思うぞ」
「……なんだと?」
「貧乏でも、心を許せる相手と一緒にいることが人の幸せなんじゃねえの? いくら汰貴が御曹司でもさ、今更麻倉家に入れるわけでもないし、大体、理由があって引き離されたんだし、本当の父親が大事に育てたんだからそれでよかったんじゃないのか」
 斬太から敵意も、悪意も感じない。赤坐は眉を寄せながらも闘志を消し、素直に耳を傾けた。
「どれだけ恵まれてても、それが楽しいとは限らない。智示を見たんだろ? あの暗くて、ひねた顔。自分には家柄と金しか縋れるものがないと、オヤジと同じ道を辿ろうとしている可哀想なガキじゃないか。もし汰貴と逆だったら、あいつがそうなってたんだ。智示だって、今更自分に兄がいましたって聞いても喜ばないだろうし、逆に、今まで培ってきたものが、先に生まれたというだけで奪われてしまうと恐れるのが関の山なんじゃないのかなあ」
 赤坐も考えたことはあった。
「……だけど、それは俺が決めることじゃない。汰貴に、すべてを知った上で決めて欲しかったんだ」
「だからこうして、コソコソと見守ってるってわけか」
「そうだ。もしも汰貴が迫害されるようなことがあれば、俺が命をかけても守ってやる。そうでなくても、血の繋がりや裕福な暮らしを捨てても、あいつ自身が俺を選ぶと決心してくれるなら、俺は、いつでも兄として受け入れるつもりだ」
「そんなことしないでも、汰貴の答えは決まってると思うけど?」
「それじゃ意味がないんだ。汰貴がそこらの百姓や町人なら俺も迷いはしなかった。だけど、麻倉家は名のある商人。背負うものが大きい家系だ。汰貴にも、選ぶ権利はある」
「ふうん……でもさ、あの小心者、一人で行動起こすとは思えないけど?」
「いいや、汰貴は動く。あれだけ親を、自分を捨てたはずの家族を思い続けていたんだ。きっとあの十字架が呼び合っていたんじゃないかと、俺は思う。人には縁がある。この世には数え切れない人間がいる。その中で、出会う必要のないものとは出会わない。すべての出会いには必ず意味があるんだ。この世に生を受けたこと、汰貴が双子として生まれたこと、そして、二人が出会ったことには理由があるんだ。俺は、汰貴がどんな形でも幸せになるまで見届けると決めた。その為ならこの奇妙な力も利用し、その代償に俺が妖や鬼になって地獄に堕ちても構わない」
「……へえ」
 赤坐は、斬太の軽い相槌で、つい感情的になって必要以上に喋ってしまったことに気づき、後悔する。だが、斬太のことだからまた茶化してくるものだと思っていたのに、彼はじっと聞き入っていた。
 斬太はほんの少しだけ、遠いどこかに意識を飛ばしていた。赤坐の気持ちが分かる、よく分かると思い、零すように呟いた。
「でもさ、もし弟を襲う敵が、自分では歯が立たないほどの何かだとしたら……どうする?」
「…………?」
「きっと、後悔するんだろうな。酷いことを言ったことを謝りたかったと。あんな言葉は嘘だった、本当は何よりも大事だと伝えればよかったと。こんなに早く別れがくるのなら、一瞬でも離れたりしなければよかったと」
 赤坐は胸が痛んだ。彼の言葉はもっともで、今すぐにでも汰貴の元へ駆け出したくなる。
「……何のことを言ってる?」その衝動を抑え。「汰貴は俺が殺させやしない。俺は、誰にも負けない」
 そう言い切る赤坐を、斬太は薄く笑った。あの、いつもの皮肉なそれが赤坐の神経を逆撫でする。赤坐は、這い蹲って足掻いてきた自分を嗤う者が許せなかった。
「俺は焼け野原で、死体に紛れて泣いていたところを賊に拾われた。一命を取り留めたものの、俺は戦火で両の目がやられており、賊は使い物にならないと俺を粗末に扱った。それは酷いものだった。幼い俺は抵抗する手段もなく、ゴミ同然として育てられた。次第に、俺は理不尽な虐待から少しでも逃れるために、目が見えない代わりに他の感覚を研ぎ澄ませていき、人とは違う感覚を身につけていった」
 赤坐は成長していくにつれ、視覚以外の感覚で思い通りに行動ができるようになった。同時に、大人にも劣らないほど見事に刀を振るようになる彼に、周囲は恐れを抱き始めた。
 それでも、まだ赤坐は十歳だった。ある日、賊の頭が赤坐を狩に連れていった。そこで赤坐の素質を確かめようと思ったのだ。戦場に放り込み、そこで生き残れば赤坐はいずれ盲目の剣士として自分の役に立つ男になるだろうと。もし死んでしまえば厄介払いができる。そう考え、疑うことを覚えていない赤坐に試練を与えた。
「俺に特別な力も運もなかった。生き残るために必死なだけの、ただの目の見えないガキだったんだ」
 奇跡など起きず、赤坐は全身がボロボロになり、虫の息で、生まれたときと同じように焼け野原の死体と一緒に横たわった。そこに、鎮魂歌を唱える僧が現れた。
「それが、武流だった」
 赤坐は武流に救われた。
「祠で目を覚ますと、そこには武流と、まだ言葉を知らない汰貴がいた。当然顔は見えなかったが、俺は傷が治るまで何日も武流に難しい話を聞かされ続けた」
 意味は理解できなかった。赤坐は自分が不幸であるとも知らず、理由もなく、死にたくないという感情だけで生きてきた。それでも、武流と汰貴と、二人の間にある温かいものが、赤坐には美しいものとして感じ、羨ましくなった。
「俺は正座をして武流に頭を下げた。俺を救って欲しいと。武流は当然とでも言うように、不思議な法力で俺に光を与えた。俺が生まれて初めて見たものは、優しくて、寒気がするほど神々しい武流の姿だった」
 光を戴いた赤坐は、武流のもとで本当の息子のように育てられた。武流と汰貴のことは好きだった。だんだん笑うことも覚えていった。しかしその幸せと比例して、赤坐は恨みを募らせていった。時折祠を出ては腕を磨き、自分を迫害してきた者の消息を探った。武流は何も言わなかった。だから欺けているのだと赤坐は信じていた。
 三年のときが過ぎた頃、赤坐はとうとう標的を見つけた。そのときは祠から三日も姿を消しており、ただ自分を傷つけた男の顔を目に焼きつけながら刀を振った。
 成長したとは言え、赤坐は十三。修羅場を潜ってきた盗賊に敵うわけがないと、普通なら誰もが思う。だが、赤坐は普通ではなかった。幼い頃に必死で身につけた動物並みの鋭い五感に加え、武流に与えられた光があった。それが大人の男など簡単に凌駕してしまったのだ。
「俺は人を殺したことに恐怖を感じなかった。虚しかった。これで終わったのだと、自然と自分の首に刃を充てていた」
 そこで、再び鎮魂歌を聴いた。武流はすべてを知りながら、赤坐を見守っていたのだ。
 武流は空っぽになった赤坐に、お前は死んだと言った。
『お前が盲目で生まれてきたことには意味がある。きっと前世で惨い所業を為した故、仏が与えた罰なのだ。その罰を経て力を手に入れ、己の恨みを晴らした。もう十分だろう? 生まれ変わり、これからは人のために生きなさい』
 赤坐は初めて声を上げて泣いた。改めて武流の広い胸が温かく、自分がいなかった数日間ずっと心配して泣いていた汰貴を愛しいと思った。これが家族なのだと、体が壊れてしまいそうなほどの感銘を受けた。
「だから俺は生きた。大切なものを守るために、持って生まれた運命を受け入れた。目が見えなかった自分を、人を殺した自分を恥だとは思わない。それからも、必要があれば人を傷つけてきた。すべては、汰貴を守るためにだ」
 語る赤坐の険しい瞳は野生のものだった。視覚は神からの恩恵である。自分は勿体ないほど恵まれているのだと自負しながら、どこまでも研ぎ澄ましていった。
 しかし斬太のそれにもまた、特別な光が宿っていた。斬太からすれば赤坐の思いなど弱い人間の世迷いごとでしかなかった。その程度の思念など笑止と、目で目を圧倒する。
「……下らんね。そんなものは天からすれば、場を白けさせる下らん戯言だ。そんなもの、俺の一息であっという間に吹き消せる脆弱な灯火!」
 嘲笑われ、赤坐は体中を震わせた。斬太は突きつけられる深い殺気を、それ以上の迫力で跳ね返す。
「お前は所詮人間だよ。今のままでは雑魚妖怪にさえ太刀打ちできやしない。もちろん、この俺にもな」
「何だと!」
 大きな声を出す赤坐に、斬太も途端に眉を吊り上げた。
「その程度の力で思いあがるなよ。今のお前に何ができる? 中途半端な能力が仇になり、更なる不幸を上乗せするのがいいところだ」
 赤坐は腹の底から怒りを湧き出し、歯を剥きだして刀を構えた。
「こいよ」斬太は身軽に宙返りをして枝の上に立つ。「お前の小ささを教えてやる」
 挑発され、赤坐は斬太より高く飛び上がった。刀を振り上げてその大木ごと斬り裂くべく全身に力を込める。それより早く斬太は赤坐の頭上を越え、彼の背後の宙に浮いた。
 その動きは捉えたものの、赤坐は瞬時に体制を変えることができずにそのまま大木を縦に切り裂いた。地面につき、すぐに顔を上げるがそこに斬太の姿はなかった。
「遅いよ」
 真っ二つに別れた大木と赤坐の隙間に、いつの間にか斬太は立っていた。赤坐が振り向くのを待たず、斬太はむき出しの腕で彼の刀を払った。
「!」
 同時に、刃が高い音を立てて割れ、刃先が回転しながら飛んでいく。その短い腕と刃がぶつかったのに、腕は切り傷一つつかずに代わりに刀が折れたことに赤坐は目を疑い、怯んだ。その瞬間、簡単に刀を折った腕が自分の胸元を押さえた。そこから何か見えないものが流れこんでくる。
「……う、あ」
 恐怖だった。禍々しい、毒液のようなものが自分の心臓を包んでいくような感触に襲われる。赤坐はその腕を振り払うだけで精一杯で、折れた刀を捨ててその場に倒れた。全身が痺れて思うように体が動かない。慌てて上半身を起こすと、すぐ傍で丸腰のチビが自分を見下ろして笑っている。これ以上攻撃してくるつもりはないようだが、赤坐は呼吸を乱して地を這った。
「どうだ」斬太は目を光らせ。「今の、本気でやればお前の心臓は潰れていたぞ。俺はこうして、人間の魂を恐怖に包んで、それが絶頂に達したときに奪い取る。それを簡単にこなすことができるんだ。これが、妖の力だ」
 勝ち負けの問題ではなかった。彼の言うとおり腕力はおろか、武器さえ通用しないことを赤坐は思い知る。人間と妖怪では種類が違う。敵うわけがないと、己の浅はかさが情けなくさえ思った。
「俺の力は、これでもまだ半分だ。そして俺よりも強く、残酷な妖怪はウジャウジャいる。お前はそれに立ち向かえると、本気で思っているのか」
「そ、それでも……か、適わないと分かっていても……死ぬまで、戦うしかないだろ」
 赤坐は恐怖で痺れる胸を押さえて、息を乱しながらも反発した。
「大切な者を見殺しにして、それで、自分だけが生き延びても何の意味もないんだ。力が足りなくても、例え、一瞬で殺されたとしても、敵に向かわなければ、生きている意味なんかない!」
「…………」
 赤坐の決意を、斬太は受け入れた。浮かべる笑みは今までにないほど残酷だった。恐怖に支配されている赤坐はその目に引き込まれ、心が潰れそうだった。ここで観念すれば確実に死ぬ。こんなチビに睨まれただけで命を奪われるなんて、それだけはしたくなかった。赤坐は必死で気力を保ち、歯を食いしばってその場に踏み止まった。
「強い精神力だ。大したもんだよ。武流は、あんたたちをよく育てたな」
 斬太は意味深な言葉を呟きながら、両手を絡ませて印を結ぶ。
「本当の鬼は、あの破戒僧だな」
 斬太を中心に不自然な風が起こった。
「お前たちの絆は、俺が壊す。元に戻せないほど、粉々にしてやるよ」
 口の端から覗く牙は鋭く伸びていた。赤坐は寒気で身を震わせる。立ち上がることもできないまま、斬太の凄まじい怨念に捕われた。
 斬太の結んだ印の前に小さな光が灯った。それは見る見る横に伸び、斬太が両腕を開ききると、彼の腕より長い形を象る。赤坐がそれに見入っているうちに光は収まり、そこには古布で幾重かに包まれた、何かを封じるかのように頑丈に紐で巻かれたものが現れた。
 斬太はそれを掴み、赤坐に投げつけた。腹部に落ちてきたそれは異常に重く、赤坐は痛みで顔を歪ませる。赤坐が呻きながら両手で抱えると吸いつくように腕に圧し掛かってきた。
「あんたのものだ。それがあれば、お前は敵と対等の力を手に入れることができるだろう」
 赤坐は意味が分からずに斬太を睨んだ。
「だが、よく考えろよ。赤坐という人間が弟のために戦うのか。それとも、赤坐という人間はこの世から消え、まったく別の『罪人』がこの戦いに参加するのか。二つに一つだ。その力を使えば、お前はいなくなる。仮に汰貴が救われたとしても、お前は一緒にはいられない。地獄に堕ちるか、この世で修行を続けるか、どちらかを選べ。期日は四日後の、地獄の釜が開く時だ」
「……地獄の、釜が」
「静かに寿命を全うするのも、人間の幸せかもしれないぜ。お前は利口な男だ。正しい答えを出すと信じている」
 斬太は言い捨て、赤坐の視界から消えた。
「待っ……!」
「お前の答えを、楽しみにしている」
 頭上に響く彼の声は既に遠くなっていた。残した笑い声がしばらく木魂し、赤坐を翻弄する。
 赤坐は暗い森の中で、抱えることもままならないそれを掴む手に力を入れた。